Gitanの趣味

ひたすら趣味の道を走っています(ニヤリ)

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闇から響く言葉 

 自伝、ルポルタージュ、ノンフィクション、小説、その他諸々――『わが母なる暗黒』という作品が、いずれの範疇に含まれるのかよくわからない。ある痛ましい体験をもとに書かれたことは、おそらく事実だろうから、その意味でいえばこれはノンフィクションであり、一種の自伝であるともいえるのだろう。
 内容については詳しく触れないが、一読して非常に奇妙な印象を受けた。あるいはある種の読みにくさを感じた。理由は、ほとんどすべてが地の文で構成されているからだ。膨大な量の新聞記事を読んでいるような気分になってくる。
 作者がこの手法を選んだのは、ここに書かれたことがあくまでも、遠い過去と比較的近い過去で起きた事実の記録であるということを明確にしたかったからかもしれない。物語になってしまいそうな部分をすべて削り取ろうとした、作者の意志のあらわれだったと勝手に解釈している。
 地の文に会話文を紛れ込ませ、登場人物の立ち位置をはっきりさせることで、読み物としての形を整えるよりも、あくまでも事実を冷徹に積み重ねていこうとした。客観性の保持を最優先させるという目的がこの方法を選ばせたのかもしれない。

 ジェイムズ・エルロイという作家は好きか嫌いか――実に微妙だ。この作家の持っている歪んだ何かに惹かれるのは事実だ。たとえば彼は10歳の時に母親を殺されている。この事件は未解決だ。そして、17歳のとき生活破綻者のような父親と死別している。以後、酒とドラッグに溺れ、警察の厄介になったことも一度ならずある。
 これらは巷間伝えられるジェイムズ・エルロイ伝説である。この来歴を読んだとき、唐突ながらS・キングの『ダークハーフ』を思い出した。あの小説に登場するジョージ・スタークを思い出す。『ダークハーフ』を読んだ方ならわかると思うが、ジョージ・スタークは純文学作家サド・ボーモンの別名である。
 もう少し詳しく説明すると、売れない純文学作家のサド・ボーモンはジョージ・スターク名義で犯罪小説を書きベストセラー作家になる。それはサド・ボーモンにとっては不本意なことではあったが、売れることは売れた。
 サド・ボーモンが生み出した架空の作家、ジョージ・スタークはたしか元犯罪者だという設定だったと思う。元犯罪者が刑務所で才能を開花させ、ベストセラー小説を書く。だから、ジョージ・スタークはキーボードを扱えない。それを学ぶ時間がなかったのだ。だから彼の原稿はすべて手書きである。
 もちろんこれはフィクションである。しかし、ジェイムズ・エルロイも犯罪者まがいの人生を送り作家となった。そして、彼も手書きで原稿を書いていると何かで読んだことがある。送られてきた原稿は異様にかさばる紙の束で、赤いインクを使って、大きな文字で書かれていたという。
 ジェイムズ・エルロイが架空の存在だとは思わない。彼は現実の作家で、かなり特殊な犯罪小説を今も書き続けている。どこかの売れない純文学作家の別名などとは考えない。ただ、その人生はあまりにも劇的で、猜疑心の塊であるぼくは、
「ほんまかいな」
 と、不埒なことを考えてしまう。特殊な犯罪小説と書いたが、特に『ホワイト・ジャズ』以降の作品は、電文体というらしいが、いったい何が書いてあるのかわからない独自の文体で、最初から最後まで喚き散らしているような作品である。
 これが素晴らしいという人もいるし、ついていけないと思うひとももちろんいるだろう。ぼくの評価はとりあえず脇においておく(笑)。ただひとつ思っていることは、小説は何をどう書いてもかまわないものだということで、この信念は確固としたものだ。
 誰かが読んでわからなくてもいっこうにかまわない。物理の法則でもなければ、宇宙を書き表す言葉、数学でもない。芸術表現なのだ。鶏が空を飛び、ある人物の正面の顔と横顔が同時に描かれていても、それが誰かの心を打つのであれば存在価値はある。
 いや、誰の心を打たなくても少しもかまわない。自分が満足できれば、それでかまわない。まあ、それでは少しさびしいだろうし、生活の糧を得ることもできないわけで、その点はつらいかもしれないが、とにかくまず自分を納得させなければお話にならない。
 心という自分自身でもコントロール不可能なものを描こうというのだ。形にとらわれていては表現しきれない。狂気の犯罪者を描こうが、恋人だか友だちだか判然としない彼女を失った深い喪失感を描こうが、結局は自分にあった表現方法を見つけるしかない。そもそも自分にあった表現方法でしか描けないものなのだろう。
 ジェイムズ・エルロイは彼だけにしかできない表現方法で彼にしか描けない世界を描き続けている。それは小説を書いても自伝を書いても変わらない。受け入れられるかどうかはこちらの問題ということだ。彼が好きなのか嫌いなのか、まだ答えは出ない。
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カテゴリ: 読書

テーマ: 感想 - ジャンル: 小説・文学

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Posted on 2011/04/12 Tue. 04:59    TB: 0    CM: 0

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