Gitanの趣味

ひたすら趣味の道を走っています(ニヤリ)

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パクリと才能 

 敵を作りたくないので、悪口はできるだけいわないようにしている。しかし、今回はどうしても一言いいたい。といって大したことではない。人生を左右したり、日本の将来にかかわるようなことでもない。
 テレビドラマである。先日最終回をむかえた『LADY』という美女北川景子主演のドラマだ。ちなみにこのドラマにはもうひとりの美女、木村多江さんも出ていた。いいたいのはふたりの美女のことではない。すぐれた海外ドラマがあり、その安易な日本版に対する、素人の考察だ(笑)。
 このことは以前、上戸彩さんが主演したドラマ『絶対零度』のときにも書いた。面白いドラマがどこかにあるからといって、それを安易に真似るのはどうかと思う。いや、安易かどうかはわからない。しかし、真剣に考えてこの程度であったらもっと悲しいと思うから、やはり安易に考えたのだということにしておく。
 とにかく、面白いドラマがどこかにあるからといって、真似るのは勇気がいる。あるいは本物の才能が必要だ。たとえば黒澤明の「用心棒」はダシール・ハメットの『血の収穫』と『ガラスの鍵』が元ネタになっていた。有名な話だ。
 とある対談のなかで、インタビュアーがそのことに触れたときの黒澤明の態度は立派だった。正直に、
「ほんとうなら許諾をえなければならないほどだ」
 と、いってのけた。しかし、D・ハメットの作品から着想の多くを得ていることを認めてさえ、『用心棒』は傑作だった。つまり究極に近い表現は仮に元ネタがあったにせよ、独立した名作として語り継がれることを証明してみせたわけだ。
 嘘か誠か知らないが、デュマは盗作だといわれたとき、
「お前が書いたからだめだったんだ。おれが書いて傑作になった」
 といったらしい。心意気か開き直りかは微妙だが、まあたいしたものだ。こそこそするから馬鹿にされるのだ。こういうことは姑息にやってはいけない。堂々とやろう(笑)。ただし、他人の作品をもとにあらたに物語を造るのは、ある意味、全く新しい物語を造るよりも才能が必要かもしれない。
 で、美女北川景子主演の『LADY』だ。はっきりいえば、あれはクリミナルマインドのパクリである。特に第一話は本家クリミナルマインド・シーズン5(だったと思う)の重要な部分をちゃっかりいただいていた。お断りはなかったと思う。こういうところがいやなのだ。
 上戸彩の刑事ドラマのときにも感じたことだが、オリジナルを想起させる場面を入れながら、一切そういったことに触れずにやってしまうところが、なんともやりきれない。それでも、本家をしのぐほどの面白さがあれば、まあ許せる。そうでないから、うんざりするのだ。
 上戸彩の『絶対零度』もそうだし今回の『LADY』もそうだ。本家に遠く及ばない。和歌における本歌取りには批判もあるようだが、表現技法として認められている。認められるためには、それなりの技術がいる。はっきりいえば『LADY』にはそれがなかった。少なくともぼくには見えなかった。
 脚本で負け、演出で負け、役者で負けている。物語の厚みがまるで違う。ぼくにはそう思えてならない。
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カテゴリ: テレビドラマ

テーマ: テレビドラマ - ジャンル: テレビ・ラジオ

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Posted on 2011/03/28 Mon. 20:47    TB: 0    CM: 0

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