Gitanの趣味

ひたすら趣味の道を走っています(ニヤリ)

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猫と銀河 

 歌うペンギンについて書いているとき、頭に浮かんできたのは宮沢賢治だった。御存じとは思うが――

 わたくしといふ現象は
 假定された有機交流電燈の
 ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
 風景やみんなといっしょに
 せはしくせはしく明滅しながら
 いかにもたしかにともりつづける
 因果交流電燈の
 ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち、その電燈は失はれ)
 ――(以下、略)

 というあれである。『春と修羅』の序だ。原案ますむらひろし、脚本別役実のアニメ映画『銀河鉄道の夜』の最後に常田富士夫が朗読する。これは凄かった。なお、原案ますむらひろしと書いたがもちろん原作は宮沢賢治である。
 宮沢賢治が存命の頃、アニメがこれほど隆盛を極めるとはおそらく思っていなかっただろう。ただ、この世にアニメというものが存在することは知っていたかもしれな。宮沢賢治が没したのは1933年である。世界初の短編アニメーションは1908年に公開されているはずだ。
 仮にアニメーションというものの存在を知っていたとしても、いつの日か自分の作品が、アニメ映画になり、しかも登場人物は猫で、人々に観られる日のことを想像しただろうか。別次元からきた人間のような宮沢賢治ではあるが、それはおそらくなかっただろう。
 別次元から来た云々というのはもちろん一種の喩である。宮沢賢治は教師をしたりサラリーマンをしたり農民をしたりと、現実世界のなかで悪戦苦闘した人だった。春画のコレクターでもあった。ただ、あの発想はやはりどこか普通ではないという気がする。
 それはさておき、劇場でエンドロールにかぶる『春と修羅』の序を聞いたときは驚いた。もしかしたら宮沢賢治はこの日のことを予想していたのではないかと思えるほどに、それは見事にまっていた。宮沢賢治は天才だったとこのときほんとうに思った。
 それともうひとつ思い出したのは、別役実と常田富士夫の関係である。『雨が空から降れば』という日本フォークソングの名作は、別役実のお芝居『スパイ物語』の挿入歌だった。歌ったのは常田富士夫だった。
 思い出話はこのくらいにしてペンギンから宮沢賢治に飛躍したキーワードは《擬人化》である。サントリーはペンギンを擬人化し、ますむらひろしは猫に『銀河鉄道の夜』を演じさせた。

 たとえば憑依という現象がある。別に超常現象の話しをしようとしているわけではない。精神病理としての憑依現象である。憑依というのは何かが人間にとりつく現象だが、たとえば動物が憑依する場合、その動物は擬人化可能な動物であることが条件であるらしい。
 超常現象を科学的に解明するという趣旨の本にそのようなことが書いてあった。ずいぶん前のことで記憶も曖昧だが、憑依する動物の条件が擬人化であるとする説は、もっともなことのように思えた。その本には飼っていた猫が憑依したと訴える女の子の話しが紹介されていたと思う。
 他にも文化的な背景が大きいらしい。だから鳥が憑依したという話しは日本では聞いたことがないが、アンデス地方に行くとこれがあるらしい。アンデス地方においてコンドルは神の使いとして崇められている。
 擬人化の逆については、手塚治虫がその著作のなかで、動物をもとにキャラクターを描く手法を紹介していた。『マンガの描き方』だったと思う。この本は面白かった。手塚治虫の考えるマンガというものがよくわかった。
 それにしても、人はどうして擬人化を行うのだろう。擬人化という手法がどうして廃れもせずに続いているのだろう。ぼくにはその答えを見つけられそうにない。それとも人は常に自分を映す何かを必要とする生物なのだろうか。

 ますむらひろしの『銀河鉄道の夜』は傑作だった。それはまちがいない。ぼく的には大傑作だ(笑)。そのせいかどうか、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』は猫が主人公だと思っている人がいるらしい。ほんと? という話だが、実際の話だというから驚く。
 逆にいうと、そのくらいますむらひろしの『銀河鉄道の夜』は見事だったということだろう。宮沢賢治という人は実際に会えば不思議な人だったのだろうか。別次元からきた云々ということを書いたが、あるいは現実といの間に、ある種の乖離を抱えたひとだったのかもしれない。
 宮沢賢治の現実と乖離した感覚を描くために、登場人物を猫にするという発想は、色々と批判もあるようだが、ぼくは好きである。そういえば日本最古のマンガといわれる『鳥獣人物戯画』も擬人化された動物たちを描いている。
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Posted on 2010/10/27 Wed. 16:58    TB: 0    CM: 0

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