Gitanの趣味

ひたすら趣味の道を走っています(ニヤリ)

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抽象化された世界 

 その昔、『ポケベルが鳴らなくて』とかいうドラマがあったと記憶している。携帯電話が普及する前のことで、ポケットベルが重要な通信手段だった。確かにそんな時代もあったのだ。
 このドラマをいま見ると、たぶん懐かしさばかりが先に立って、もしかすると観るのが少し気恥ずかしいかもしれない。ストーリーやテーマではない。物語の時代性が今と離れすぎていて、どうしてもずれた感じになってしまう。
 もちろん、ある種の懐かしさはある。懐かしさに浸りたくて観るということはあるだろうが、それ以外、今日的な観賞に耐えられるかというと、なかなかつらいものがある。山田太一さんや倉本聰さんの作品ですら、時代をこえて観賞に耐えうるということは、少なくともぼくの場合はない。独断と偏見による唯一の例外は『傷だらけの天使』だ。
 なんだって古びていく。しかし、そうでない場合もある。以前、香取慎吾君がこんなことをいっていた。
「50年前の映画という気がしない。これは今の映画だ」
 何かといえば、『七人の侍』を観た感想である。全面的に賛成である。別に黒澤明に限ったことではない。名作といわれる多くの映画が、時代を超えて生き残っている。翻ってテレビドラマでは名作といわれる作品でも、いま見るとやはり古さを感じさせる。
 なるほど、『七人の侍』は時代劇である。普通の意味での時間の流れからは外れている。となれば時代劇以外ではどうなんだという声が聞こえてきそうだ(笑)。ヒッチコックの『サイコ』にはパソコンも携帯も登場しないが、いま見ても決して古臭い感じはしない。 ほかにもある。
『ダーティハリー』は1971年の映画だが、いまも観賞に耐えられる。『フレンチコネクション』も1971年の映画だ。出てくる風俗も車も三十年以上前のものだが、こちらも古いとは思わない。例はいくらでもあげられる。アンティークと古道具はちがうということがよくわかる。

 テレビにあって映画にないものがあるのだろうか。そんなことを時々考える。両者の本質的な違いはなんだろう。ひとつ思うのは、テレビは日常と常にセットになっているということだ。いまという時代を切り取って見せるものだからではないかと思うことがある。良くも悪くも、時代の景色を見せるものなのだ。
「映画という表現形式はテレビと似ているがまるで違うものだ」
 と、いったのも黒澤明だった。さらに映画という表現形式は、音楽が一番近いといったのも黒澤明だ。自分勝手に解釈すれば、映画が映し出している風景は、現実の風景であって現実ではない。あれは現実を抽象化したものだ。
 そのことを実によくわからせてくれるのが、我らが小津安二郎だという気がする。人物も背景もセリフも、小津映画に登場するすべてのものは抽象化されたものだ。小津作品には、普通の意味でのリアリティはない。
 小津映画に登場する会社を評して、あんなにすっきりとした会社があるはずがないといったのは、作家の長部日出雄さんだったろうか。机と椅子だけおいて、ここは会社だという勇気は相当なものだ。小津作品はあと一歩で実験映画になる可能性を秘めている。
 台詞、場面、その他諸々、小津映画のリズムは常に一定だ。リズムというのはいってしまえば時間割である。役者が台詞をいってそれに答えるタイミング、場面が切り替わるタイミング、時間を測ればすべて同じだという。
 抽象性が極めて高いがゆえに普遍的な存在になれる。知識と記憶の違いは、違いを忘れることだときいたことがある。この世界に存在するものは、すべてちがう。しかし、すべての違いを記憶していけばいずれ身動きが取れなくなる。これとあれの違いを忘れ、抽象化して体系化することで、それは知識になる。
 黒澤明の言葉にもどれば、音楽は抽象性が極めて高い。従って、四百年前の作品でも、つい昨日の作品のようにして楽しむことができる。独断と偏見に基づいていえばそういうことだ。優れた映画は時代を超えて観賞が可能なのだ。すぐれた絵画や音楽を観賞するように。
 ではテレビはだめか。そんなことはない。今を観るためならこれほど優れたものはない。いや、「なかった」と過去形でいうべきだろうか。たぶん、もうすぐ別のメディアにとってかわられる。もうすでにとってかわられているのかもしれない。今と歩調を合わせているものは、やがてその今に捨てられる宿命を負っている。

※ 今回はかなり独断と偏見で書きました。いや、いつもそうかな……(-_-;)
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カテゴリ: 日記

テーマ: ひとりごとのようなもの - ジャンル: 日記

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Posted on 2010/05/20 Thu. 20:15    TB: 0    CM: 0

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