Gitanの趣味

ひたすら趣味の道を走っています(ニヤリ)

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失踪について 

 S・キングの「呪われた町」の冒頭は、男と少年が外国製の小型車でアメリカ横断の旅を続けているというところからはじまる。この出だしはうまかった。読んだ方もおられると思うが、この作品は吸血鬼を扱った作品である。
 最初そのことは伏せられている。旅をする男と少年、しかも彼らのひっそりとした旅は、何かから逃れるための旅らしいということが冒頭の一行からわかる感じだ。男と少年の次にくるのが住民の消えた町である。このあたりが実にうまいのだ。やはり売れる人はちがうものだと思う(笑)。
 住民が消えた町について描くとき、枕に『マリーセレスト号事件(メアリーセレスト号というのが本当らしい)』を持ってくるあたりもうまいものだと思った。この海難事故については、ご存知の方も多いと思う。コナン・ドイルの小説で有名になっている。
 この海難事故は、一般に以下のように流布されている。海上を漂流しているマリーセレスト号が発見されたとき、乗組員は一人も乗っていなかった。が、ついさっきまで乗組員がいたかのような痕跡が、ありありと残っていた。
 飲みかけのコーヒーや、食べかけの食事がそのまま残っていた。作りかけの料理もあった。救命艇もすべて残っていた。ただ乗組員だけが突然船から消えてしまったようだった。――と、いうのが事件のあらましである。
 しかし、実際の『マリ―セレスト号事件』は、巷間伝えられているような不可解なものではないらしい。ついさっきまで乗組員がいたような痕跡はなかったし、救命艇も消えていた。この事件についていえば乗組員が消えたということだけが事実である。おそらく何らかの事故があり、乗組員は船を捨てたのだろう。

 さてここからの話は、知人から聞いた話だ。三重県の某所にある山村での出来事である。といってもいまの出来事ではない。昔、昭和三十年代の初めころのできごとらしい。村の名前は書かない。そこには今も人が住んでいて、普通に暮らしておられる。
 その山村の戸数は三十五戸くらいだ。三十五軒の家は、ほとんどが寄り添うように建っているが、その中の三軒だけは少し離れたところにある。といってもせいぜい三百メートルほどの距離だが、なにせ山の中でもあり、他の集落からは見ることができない。したがってその三軒だけが、ぽつんと山のなかに取り残されたような印象があるのだった。
 集落に住む一人の女性が、その三軒の家を訪ねていった。彼女の親戚がそこに住んでいるのだ。彼女に限らず、村人がそこを訪ねるのは特別なことではなく、ごく日常的なことだった。
 三軒の集落に行くには狭い山道を通って行かなければならない。雑木山の中をほんの三百メートルほど進むだけだが、昼でも薄暗い道だ。なれている彼女にはどうということもないが、その薄暗さが実際の距離よりも長く感じさせる。
 彼女が老婆とすれ違ったのは雑木林の中の道をなかほどまで来たときだった。その先の集落に住んでいる老婆だった。すでに八十歳を過ぎていたが矍鑠としていて、よく出歩いていることを、彼女は知っていた。だからそこですれちがったことも不思議とは思わなかった。
 彼女は老婆と土地の言葉で少し立ち話をした。不自然な感じは何もなかった。彼女は老婆と別れ集落に向かった。集落に入ったときも、なにも思わなかった。彼女は親戚の家に入った。そこではじめて異変に気づいた。
 家には誰もいなかった。
「あれ?」
 と、いう感じだったと後に彼女は話している。その日は日曜日で、子供たちも家にいるはずだった。しかし、家の中の空気はしんと静まり返り、確認するまでもなく、誰もいないことがわかった。
 用事ができて出かけたとは思えなかった。彼女は胸がざわめくような不安を覚えた。その感覚はやがて恐怖に変わった。彼女は他の家にもいってみた。それは予想していたことだが、やはり誰もいなかった。
 かっと照りつける八月の陽射しも、蝉の鳴き声も、いつもと変わりがなかった。だが、この世界にたったひとり取り残されたような不安に彼女は震えた。その後、大急ぎで自宅に戻り、お爺ちゃんの顔を見たときは、心底ほっとした。
 その後、三軒の家の住人はついに見つからなかった。大規模な捜索が行われたらしい。町に出ている親戚たちも戻ってきた。しかし、三家族、十四人が発見されることはなかった。失踪の手がかりすら発見されず、ほんとうにこの世界から消えてしまったとしか思えなかった。
 問題はあの老婆だった。いったいどこから来てどこに行ったのだろう。老婆の姿を見た者は、村人の中にはいなかった。あの山道の途中のどこかで消えてしまったとしか考えられなかった。彼女はあのとき振り向かなかったことを少し後悔した。同時に、振り向かなくてよかったとも思った。もし、あのとき振り向いていれば、いったい何を見たのだろうか。
 その後、しばらく彼女は夜毎の悪夢に悩まされたという。だが、それもいつか見なくなった。彼女はすでに八十歳を超えて九十歳になろうとしている。いまも元気で村で暮らしている。
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カテゴリ: 日記

テーマ: 日記というか、雑記というか… - ジャンル: 日記

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Posted on 2009/07/11 Sat. 14:22    TB: 0    CM: 2

この記事に対するコメント

三重県のお話、読んでいて小野不由美さんの「屍鬼」を連想しました。
怖いというより不思議ですね。
日常の中にある非日常的な出来事……原因があって結果があるはずなのですが、結果だけを目の当たりにした感じですね。
昔風にいうと「神隠し」ですか。
でももしかしたら本当は、日常の中に見えない恐ろしさが隠れているのかもしれません。ただそれを人間が認知していないだけで……。誰も知らないのだから、その現象は無いに等しいとされているのかもしれません。

暑い夏ですので、ちょっと涼しくなるミステリーを妄想したくなります。

URL | お夕 #wikz35BA

2009/07/11 20:00 * 編集 *

コメントありがとうございます。

「世に不思議なし、世はすべて不思議なり」と、いったのはあの京極堂さんですが、そういうものかもしれません。一見、不思議なことにも、探っていけば、やはりそれなりの原因があって結果がある――と、いうことなのだろうと思っています。

最近、怖いなと思うのはやっぱり人間ですね(笑)。ほんとに怖いです。不可解に見える出来事も探っていくと複雑な人間関係に行きつく。そんな気がします。この前、ブログに少し松本清張さんのことを書きましたが、最近読み返したりしています。普通の人間の普通の怖さがじわりとくる作品が多いように思います。

URL | gitan #-

2009/07/13 20:02 * 編集 *

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