Gitanの趣味

ひたすら趣味の道を走っています(ニヤリ)

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弾くか叩くか――津軽の響き 2 

 津軽三味線は太棹というのが、まあ一般的なところだろうか。しかし、その源流であるボサマと呼ばれた門づけ芸人たちは、そんな立派な三味線は持っていなかった。太棹のような重い三味線を持っては歩けない。これも高橋竹山の自伝『竹山ひとり旅』で知ったことだった。
 と、いうわけで前回からの続き、今回も津軽三味線である。門づけ芸人をしていた過去がなくても高橋竹山は天才だったと前に書いた。この考えにぶれはない。しかし、辛酸を舐めつくした人生は、高橋竹山の生み出す音に凄みを加えていたとは思う。才能プラス経験が、高橋竹山を巨大にしたのだろう。

 ずっと以前のことだが、「11PM」という深夜番組があった。これをリアルタイムでみたという人は大体年齢がわかる(笑)。ちなみにぼくはリアルタイムでみたくちである。これは大人向けの番組だった。
 メインはお色気だったが、ときどき硬派な企画も交えたりして、不思議な深夜番組だった。硬派企画のなかに三味線音楽についての企画もあった。津軽三味線だけを取り上げたものではなく三味線音楽全般を扱ったものだった。
 特に記憶に残っているのは、中年女性の曲芸のような三味線奏法だ。まるでロックギタリストのように背中に回して弾いたり、肩に乗せて弾いたりと、変幻自在だった。彼女はおそらく、五十代の後半くらいだったと思う。あるいはもう少し上だったのかもしれない。世の中にはとんでもないおばさんがいるものだと子供心に感動したのを覚えている。
 そのおばさんが特に感動的だったのは、格好がまるで普通だったことだ。彼女はお座敷で三味線を弾いていたが、普通の服を着ていた。それが専門というよりも、普段は別の仕事をしていて、特別な余興のときだけ弾いている、とそんな感じだった。普通の格好と見事な芸、その差が強い印象を残したのだろう。
 この番組には、高橋竹山と白川軍八郎が出ていた。いまさらいうのも気が引けるし、それに乱暴な分類のような気もするが、津軽三味線の奏法は《叩く》か《弾く》のどちらかだ。この二人は、三味線は《叩くもの》派と《弾くもの》派の代表のようなものである。
 番組の中で白川軍八郎はドラムと競演をしていた。その白川軍八郎は、
「三味線は叩くものです」
 と、自信を持って言い切る。
 これに対して高橋竹山は、
「三味線は弾くものです」
 と、静かに答えていたのが印象に残っている。
 高橋竹山がいった三味線は《弾くもの》という発言は、誤解されているというような意見を目にしたことがある。叩くか弾くかときかれたので、素朴に弾くものだと答えたというのである。
 しかし、「11PM」の特別企画を見たかぎりでは、確信をもって、
「弾くものです」
 と、答えていたような印象がある。はっきりと「三味線は叩くもの」という意見を否定する発言をしていた記憶もある。高橋竹山には三味線の弾き方について確固たるイメージがあったことがわかる。

 個人的には叩いても弾いてもどちらでもいい。また津軽三味線の場合、叩く、弾く、というがそれほど明確に分類できるとも思えない気がする。作家の長部日出雄氏は津軽民謡を題材にした作品をいくつか書いている。
 その作品のなかで、高橋竹山は折れそうな薄い撥を使用して、華麗に歌い上げるように弾くと書いていた記憶がある。津軽の民謡に節をつけたのもこの人が最初であるとも書いていた。 
 さらに津軽三味線を題材にしたテレビ番組で長部氏が司会を務めたときの、高橋竹山の紹介は感動的だった。独奏楽器としての津軽三味線を確立した人と言いい、さらにその生涯は音色の追及にあったと紹介した。
 音色という言葉には深い感銘を受けた。早く弾ける、個性的で美しいメロディを作り出せる、リズムに狂いがない、そういった条件を満たしつつ、高橋竹山は音色を大切にした。ぼくはそう解釈した。もし、高橋竹山という人が津軽三味線を代表するような存在だったとすれば、それは他の奏者とは、どこか、何かがちがったからだろう。
 マスコミが持ち上げたからだという意地の悪い見方をぼくはしない。高橋竹山という人は時々撥の握りの部分を使って音を出していたことを覚えている。そういったこともすべて音色の追求と関係していたのだろう。そういえばこのひとは「アリラン」も津軽三味線で弾いていたはずだ。普通とはちがう感性を持っていたのだ。

 津軽三味線に関してはけっこう思い入れがある。二十歳になる少し前、津軽三味線を青森まで聞きにいったことがある。高橋竹山のお弟子さん(女性)の方に、膝詰めで三味線を聞かせてもらった。弘前では山田千里さんの三味線を聴くことができた。
 凄かった。ほんとうに凄かった。感受性が豊かな若いころにきいたということもあるのだろうが、あのころきいた津軽三味線と、いまの津軽三味線はどこかちがうような気がする。もちろん、どちらが良くてどちらが悪いというような話ではない。
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Posted on 2009/06/29 Mon. 21:18    TB: 0    CM: 0

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