Gitanの趣味

ひたすら趣味の道を走っています(ニヤリ)

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LAST ONE 

 実は、原田芳雄という名前をはじめてきいたのは『真夜中の警視』というテレビ番組だった。断っておくがあくまでもきいただけで、ぼくはその番組を観ていない。意外に思われるかもしれないが、子どものころはテレビにあまり興味がなく、ほとんど観ない子どもだった。
 友だち――というかとにかく近くにいた同級生のひとりが、
「原田芳雄さんってかっこいい」
 と、いっているのをきいてその名前を知った。ちなみにこの同級生は女性で、当然ながら彼女は『真夜中の警視』を観ていた。残念なことに、当時のぼくには原田芳雄という俳優さんのイメージはまったくつかめず、したがってかっこいいといわれてもぴんとこなかった。
 原田芳雄さんを強く意識するようになったのは、テレビでも映画でもなくラジオだった。パック・イン・ミュージックという深夜放送が当時あり、木曜日第二部のパーソナリティを務めていた林美雄さんというアナウンサーの方がおられた。知っている人は知っていると思う。
 林さんは映画通で日本映画についていつも熱く語っていた印象がある。『修羅雪姫』も『新宿アウトロー』も『龍馬暗殺』も『日本の悪霊』も『祭りの準備』も、そのほかの日本映画もこの番組を通して知ったものが少なくない。いわゆるATG系の映画のほとんどはここでタイトルを耳にして、いつか観てやろうと決意した。
 木曜パック第二部にはミュージシャンもよくゲストに来ていた。松任谷ではない荒井由美の『ベルベット・イースター』もここではじめて聴いたし、山崎ハコの『サヨナラの鐘』を最初に聴いたのもこの番組だった。
 いずれにしても、林美雄さんの深夜放送は、当時田舎に住んでいて文化的なものに強い憧れを持っていたぼくにいろいろなことを勉強させてくれる番組だった。この人たちはなんてかっこいいんだろうと、素朴に感動している可愛らしい少年だった(笑)。
 原田芳雄さんもよくゲストで来ていた。くればたいていギターを弾いて歌っていた印象が残っている。その曲があの『プカプカ』である。この曲をうたう原田芳雄さんのイメージは強烈に残っている。

 たぶん、その前に原田芳雄さんの写真は見ていたと思うのだが、はっきりと意識してその存在を知ったのは、雑誌に紹介されていた映画『赤い鳥逃げた?』から持ってきた一枚だった。豊満な胸を剥き出しにした桃井かおりさんと原田芳雄さんが一緒に写っていた。
 いま思うと子どもにはずいぶん刺激的な写真だったがとくにエロチックなものは感じなかった。これは本当である。それよりも革ジャンを羽織った長髪の原田芳雄さんのかっこよさの方が印象に残っている。
 それから何年かして、この映画を観た。映画のなかで歌われた『愛情砂漠』。これがよかった。挿入歌としては安田南さんが歌っていたはずだが、映画のなかでは原田芳雄さんがギターを弾いて歌う場面があった。桃井かおりさんの作詞作曲という物語上の設定になっていたはずだ。原田芳雄さんの歌った『愛情砂漠』も大好きである。

 その後、何作も原田芳雄さんの映画を観た。ほんとうにかっこいいと思った。演技がどうのということではなくその存在がかっこよかったのだ。印象に残っているのはやはり『龍馬暗殺』だろうか。あの坂本龍馬像は画期的だった。いま見ても普通にいいなあと思える映画だ。
『木枯し紋次郎』にゲスト出演をした際の隻腕の渡世人も印象に残っているが、時期的にいうと、それは本格的に原田芳雄という俳優に興味をもちはじめる、少し前だったような気がしている――が、このあたりはちょっと曖昧である。
 藤田まことさん主演の時代劇『夫婦旅日記』にも原田さんは登場したことがある。あの名作『ひとごろし』を元ネタにした一話に登場していた。両方とも山本周五郎の原作だから話としては無理なく合体させることができたのかもしれない。この作品のなかで原田芳雄さんは、火を噴くような剣豪を演じていた。

 原田芳雄という俳優さんは、ぼくの中で名優というカテゴリーには属していない。しかし、唯一無二の存在だった。原田芳雄さんはいつも原田芳雄さんだった。それだけで十分だった。
 どこにそんなに惹かれたのか、うまくいえないのがもどかしいのだが、基本的にはあの声だと思う。ほんとうに素敵な声だった。それからタバコだ。ぼくは体質的に酒、タバコが体にあわないので原田さんのように大人のアイテムをかっこよく扱えないが、あんな風に粋に扱いたいものだと思ったものだ。
 もう原田芳雄さんの新しい作品を観ることができない。それを思うととても悲しくなる。しかし過去の映画やドラマに登場する原田芳雄さんを観ることはできる。残念だがそれで満足するしかない。

 ご存知の方も多いと思うが、タイトルに使った『LAST ONE』は原田芳雄さんのファーストアルバムのタイトルである。最初で最後のアルバムと銘打って発売されたが、その後何枚もアルバムはでている。こういう裏切りは大いにうれしい(笑)。ファーストアルバムの帯だったと思うが、
『俺だってたまには歌うことがある』
 だったか、そんなセリフが書いてあったような記憶がある。もしかしたら違っているかもしれない。このアルバムに収録されている曲はどれも好きだ。たしか松田優作さんの作詞した曲もあるはずである。
 原田芳雄さんは松田優作さんのファーストアルバムにも曲を提供していたのではなかったろうか。『光と風の戯れ』だったか、そんなタイトルだったと思うのだが……。

 いつもうまくないけど、何だか今日は特にうまく書けません……
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Posted on 2011/07/24 Sun. 20:30    TB: 0    CM: 4

時を越えて! 

 ひとつ疑問に思っていることがある。咲さんはどこで口語文の文章を学んだのだろう。何の話をしているかといえば感動の名作『仁』の最終回である。時を越えて仁先生に届いた咲さんのラブレターは、長い物語の締めくくりに相応しく、感動的であるのだが、へそ曲がりなぼくはそこで立ち止まってしまう。
 近代日本の書き言葉は、『坂の上の雲』にも登場する正岡子規さんのあたりで完成するらしい。明治の中頃だ。江戸時代の人間である咲さんは口語文による文章表現をどこで学んだのだろう。それともあれは仁先生が咲さんの文語文の手紙を、頭の中で口語文に変換していたのだろうか。
 こんな意地の悪い見方であの感動の最終回に難癖をつけるのは、もちろんよくない。だからこう考えることにしている。たぶん、咲さんは仁先生との交流の中で、口語文を学んでいったのだろう。そう考えよう。
 変な難癖をつけるよりも、時間という絶対に越えられない壁によって引き裂かれた恋人同士の、救いのある(あくまでも《救いのない》ではない)悲恋に感動するべきなのだろう。とにかく、『仁』が終わってしまって、これから日曜日の夜をどう過ごすか考えなければならない(笑)。

 歴史の修正力という言葉がこの作品のなかでよく使われていた。多重世界についても語られている。この最終回、仁先生は修正された歴史の前に立ち尽くす。自分が江戸時代に残した足跡はそのままに、自分の存在だけが消されている。あれはある種の残酷である。
 あのラストを見ていて、ぼくは突然、小松左京さんも『地には平和を』という作品を思い出した。第一回のハヤカワSFコンテストで佳作か努力賞になった作品だったはずだ。コンテストでは佳作か努力賞だったが後に直木賞候補にもなった作品である。
『地には平和を』の内容をかいつまんでいうと昭和20年――あえて西暦は使わない――8月15日にもし戦争が終わっていなければというところから始まる物語だ。戦争が終わらなかった日本で生きた少年兵の物語である。
 戦争が終わらなかった歴史は意図的に作り出されたもので、最終的に消滅させられるものだが、存在している人間は、あってはならない歴史であってもそこで生きている。歴史の改変を修正するために訪れた未来人に、本来の歴史のなかにいる自分の姿を見せられてさえ、少年兵は戦いに固執する。
 この物語のラストは強く印象に残っている。ぼくたちが知っている歴史の中で生きて成長した少年兵は、平凡だが幸せな家庭を築いている。彼は妻子とともにハイキングか何かにきている。そこで奇妙なものを拾う。
 それは黒い桜をかたどった胸章だった。その胸章は消滅した戦争が終わらない時代に生きていた彼が所属していた部隊ものだった。胸章を手に取ったとき彼は自分の属する世界が色あせて見える……
 と、まあそんな感じだったと思う。こじつければ、『仁』の裏返しのようなラストだった(笑)。自分の生きている世界は実はかなりあやふやなものかもしれないと感じさせるラストを、温かく描くか冷たくつき突き放すか――と、いったとろことではないか。
 時間を扱った物語は感動的なものが多い。それはたぶん、歴史に、《もし》が許されないからだろう。優柔不断なぼくなどはしょっちゅう、
「ああ、あのときこうしていればなあ……」
 と、後悔の臍の緒を食いちぎっているようなところがある。答えはわかっているのだ。失敗だろうがなんだろうが、いまを生きるしかない。絶対に取り戻せないものを取り戻したいと思うのは人の常だが、こればかりは諦めるしかない。
 時間旅行が可能になった未来、しかし、人は自分が生きている時代の前後50年には行けないという法律ができている。これもたしか小松左京さんの作品のなかにあったような気がする。

カテゴリ: 未分類

テーマ: テレビドラマ - ジャンル: テレビ・ラジオ

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Posted on 2011/07/09 Sat. 22:26    TB: 0    CM: 2

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