Gitanの趣味

ひたすら趣味の道を走っています(ニヤリ)

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能力のばらつきについて 

 天才と聞くとかなり高い優先順位で思い浮かべる一文がある。どんなものかというと、
「宮本武蔵はたしかに天才だったが、天才がもついやらしさがある」
 というものだ。司馬遼太郎氏が書いていた。著作『真説宮本武蔵』のなかにあったのか、それとも別の雑誌だった、どうもはっきりしない。この言葉を知ったのは、宮本武蔵関係の著作や雑誌をやたらと読んでいた時期だった。あっちの本やこっちの雑誌の内容が頭のなかに雑多に詰め込まれている。
 武蔵に対して興味を持てるのは彼が遠い過去の人間だからであり、もし、同時代を生きる人間であれば、絶対に近づきたくないタイプだとも司馬遼太郎氏は述べている。この意見には全面的に賛成する。たしかに天才と呼ばれる人物には、やっかみもあるが、どこかいやらしいところがあるような気がする。
 その天才ときいてぼくが真っ先に思い浮かべるのはやはり手塚治虫だ。その天才ぶりについてはさまざまに語られていていまさらここで書く必要もない。驚異的な記憶力、作品を仕上げる速さ、複数の作品を同時に描き、虫プロ倒産の際は押し寄せる借金取りをものともせずマンガを描き続けた。並みの人間ではない。
 たしかに手塚治虫という人は天才だったと思う。もちろん批判もあった。よくいわれるのはアニメ制作費の安さである。本来アニメは制作費がかかるものなのだが、テレビアニメのパイオニアである手塚治虫がこれを安く抑えたため、後々まで日本のアニメは安い製作費に苦しめられることになった。
 この指摘はある部分は正しく、しかし、だからこそのメリットもあったのだという。どういうメリットがあったかは、ここでは述べない。個人的な印象でいえば、おそらくメリットよりもデメリットの方が大きかったのではないかと思う。
 考えてみると天才というのは、部分的なものだ。極端なことをいえばひとりの人間のなかにある能力のばらつきだと考えていいのかもしれない。手塚治虫という人物の天才性は、マンガを描くということに特化された能力で、他の局面でそれが発揮されたかどうかは微妙である。
 手塚治虫の御子息である手塚眞氏は、父親がひどい機械音痴だったことをテレビのインタビューで話していた。電話機ひとつ満足に扱えなかったという。これに似たエピソードは黒澤明についてもあり、娘さんが話していた記憶がある。手塚眞氏のインタビューで印象に残っているのは、
「科学がわかっていることと、科学技術を使いこなせるということは別物だ」
 という言葉だ。万能の天才などいないのだ。人間の能力を平らにしてみると、案外誰も彼も同じようなものなのかもしれない。神様は人間を平等に造ったというが、本当にそうかもしれない。
 この前のブログにも登場した豊田有恒氏だが、『あなたもSF作家になれるわけではない』という著作のなかで虫プロ時代のことを書いている。豊田有恒氏は『鉄腕アトム』の脚本を書いていた。
 大卒の初任給が二万円程度だった時代に、六万なんぼの給料をもらっていたというから、当時の虫プロの羽振りのよさは相当なものだったのだろう。豊田氏によれば手塚治虫という人はアイデアの宝庫だったらしい。
 アトムが超能力者と戦う回があった。どのように超能力を打ち破るかというアイデアに苦しんでいたとき、手塚治虫はまたたくまに七つ(あるいはそれ以上だったか)くらいのアイデアを提示してみせたという。
 その中には箸にも棒にもかからないアイデアもあったらしい。お粗末なアイデアを口にすれば天下の手塚治虫の沽券に関わるなどとは思わない人だったらしい。そういう面では素敵な人だったと思う。しかし、同業の漫画家に対しては、激しいライバル心をむき出しにして、付き合いにくい面があったことはあちこちで語られている。
 アシスタントをしていた石坂啓氏は仲間と、
「今回の作品は出来が悪い」
 と、話しあっていた。しばらくして、手塚治虫が物凄い形相で作品を描きなおして持ってきたという。アシスタントの話しを聞いていたのだ。子どもっぽいといえば子どもっぽいが、傍目から見ている分には微笑ましいエピソードだという気もする。当事者にとっては身の竦む思いだったろうが。
 手塚治虫というひとは描き直しが多いこともでも有名だった。作品によってはまったく別物といってもいいほどの修正が加えられていたらしい。アイデアが完全な形で頭に浮かぶというモーツァルトのような話しをよく聞くが、実際は推敲の人でもあったのだ。そのモーツァルトにしても、修正もあれば草稿もあった。
 作品のアイデアについて手塚治虫は面白いことをいっている。加藤芳郎さんの四コマ漫画についてだったと思うが、あるいは別の作家だったかもしれない。加藤芳郎さんということで話しを進めると、加藤さんがアイデアに苦しむというのは、アイデアが浮かばないということではないと手塚治虫はいっている。
 いくつものアイデアが浮かんでいるのだが、その中からどれを選ぶかで苦しんでいるのだと。なるほどと思った。貧相なアイデアのひとつも満足に浮かべることができないわれわれ凡人とは大違いである。自分が天才とは程遠いということがよくわかる(笑)。
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Posted on 2010/10/31 Sun. 20:41    TB: 0    CM: 2

猫と銀河 

 歌うペンギンについて書いているとき、頭に浮かんできたのは宮沢賢治だった。御存じとは思うが――

 わたくしといふ現象は
 假定された有機交流電燈の
 ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
 風景やみんなといっしょに
 せはしくせはしく明滅しながら
 いかにもたしかにともりつづける
 因果交流電燈の
 ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち、その電燈は失はれ)
 ――(以下、略)

 というあれである。『春と修羅』の序だ。原案ますむらひろし、脚本別役実のアニメ映画『銀河鉄道の夜』の最後に常田富士夫が朗読する。これは凄かった。なお、原案ますむらひろしと書いたがもちろん原作は宮沢賢治である。
 宮沢賢治が存命の頃、アニメがこれほど隆盛を極めるとはおそらく思っていなかっただろう。ただ、この世にアニメというものが存在することは知っていたかもしれな。宮沢賢治が没したのは1933年である。世界初の短編アニメーションは1908年に公開されているはずだ。
 仮にアニメーションというものの存在を知っていたとしても、いつの日か自分の作品が、アニメ映画になり、しかも登場人物は猫で、人々に観られる日のことを想像しただろうか。別次元からきた人間のような宮沢賢治ではあるが、それはおそらくなかっただろう。
 別次元から来た云々というのはもちろん一種の喩である。宮沢賢治は教師をしたりサラリーマンをしたり農民をしたりと、現実世界のなかで悪戦苦闘した人だった。春画のコレクターでもあった。ただ、あの発想はやはりどこか普通ではないという気がする。
 それはさておき、劇場でエンドロールにかぶる『春と修羅』の序を聞いたときは驚いた。もしかしたら宮沢賢治はこの日のことを予想していたのではないかと思えるほどに、それは見事にまっていた。宮沢賢治は天才だったとこのときほんとうに思った。
 それともうひとつ思い出したのは、別役実と常田富士夫の関係である。『雨が空から降れば』という日本フォークソングの名作は、別役実のお芝居『スパイ物語』の挿入歌だった。歌ったのは常田富士夫だった。
 思い出話はこのくらいにしてペンギンから宮沢賢治に飛躍したキーワードは《擬人化》である。サントリーはペンギンを擬人化し、ますむらひろしは猫に『銀河鉄道の夜』を演じさせた。

 たとえば憑依という現象がある。別に超常現象の話しをしようとしているわけではない。精神病理としての憑依現象である。憑依というのは何かが人間にとりつく現象だが、たとえば動物が憑依する場合、その動物は擬人化可能な動物であることが条件であるらしい。
 超常現象を科学的に解明するという趣旨の本にそのようなことが書いてあった。ずいぶん前のことで記憶も曖昧だが、憑依する動物の条件が擬人化であるとする説は、もっともなことのように思えた。その本には飼っていた猫が憑依したと訴える女の子の話しが紹介されていたと思う。
 他にも文化的な背景が大きいらしい。だから鳥が憑依したという話しは日本では聞いたことがないが、アンデス地方に行くとこれがあるらしい。アンデス地方においてコンドルは神の使いとして崇められている。
 擬人化の逆については、手塚治虫がその著作のなかで、動物をもとにキャラクターを描く手法を紹介していた。『マンガの描き方』だったと思う。この本は面白かった。手塚治虫の考えるマンガというものがよくわかった。
 それにしても、人はどうして擬人化を行うのだろう。擬人化という手法がどうして廃れもせずに続いているのだろう。ぼくにはその答えを見つけられそうにない。それとも人は常に自分を映す何かを必要とする生物なのだろうか。

 ますむらひろしの『銀河鉄道の夜』は傑作だった。それはまちがいない。ぼく的には大傑作だ(笑)。そのせいかどうか、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』は猫が主人公だと思っている人がいるらしい。ほんと? という話だが、実際の話だというから驚く。
 逆にいうと、そのくらいますむらひろしの『銀河鉄道の夜』は見事だったということだろう。宮沢賢治という人は実際に会えば不思議な人だったのだろうか。別次元からきた云々ということを書いたが、あるいは現実といの間に、ある種の乖離を抱えたひとだったのかもしれない。
 宮沢賢治の現実と乖離した感覚を描くために、登場人物を猫にするという発想は、色々と批判もあるようだが、ぼくは好きである。そういえば日本最古のマンガといわれる『鳥獣人物戯画』も擬人化された動物たちを描いている。

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Posted on 2010/10/27 Wed. 16:58    TB: 0    CM: 0

連想の蜘蛛の巣 

 最近なぜか関川夏央氏のことを思い出すことが多い。特に理由はない。ぼくにはよくそんなことがある。唐突に昔の体験や過去に読んだ本、観た映画やドラマ、聴いた音楽を思いだすことがある。そのときの気分もセットで思い出すことがあり、これは少し辛い。そんなときは独り言が多くなる。
 とにかく関川夏央氏のことを思い出したのも、いってみればぼくの特性のひとつである。関川夏央氏がどんな人か、知らない人は調べてもらうとして、この方の書いた一文で記憶に残っているものがある。プロの物書きは連想の引き出しをたくさん持っているというものだった。
 それはある品のない週刊誌の記事について述べたものだった。品のない文章ではあるがそれはまちがいなくプロが書いたものだと関川氏は断じていた。そこで連想云々が出てくるのである。
 連想ということでいえば、関川夏央という名前をきいて真っ先に浮かぶのは、やはり谷口ジロー氏である。関川・谷口コンビはいくつかの名作、傑作を生み出している。マンガ原作者と漫画家としてだ。
 たとえば『リンド3』があった。『無防備都市』があった。『事件屋稼業』『要求はなにもない』『坊ちゃんとその時代』シリーズ等々、実際凄いコンビである。なかでも『坊ちゃんとその時代』に登場する夏目漱石の素晴らしさはどういっていいのかわからない。これ以外の夏目漱石はもう考えられない。
 しかし、『無防備都市』というのは考えてみると凄いタイトルである。イタリアン・ネオレアリズモの傑作と同じ名前だ。ロベルト・ロッセリーニの名作映画と同じタイトルを自作につけたとは、これも凄いの一言である。
 ちなみにロベルト・ロッセリーニはあのイングリット・バーグマンと結婚していたことでも有名だ。そのイングリットとときけば当然連想しなければならないのは、ヒッチコックである。
「たかが映画じゃないか」
 というあの名セリフはイングリット・バーグマンに対していった言葉である。自分の監督作品について、たかが映画といえるのは、さすがに天才ヒッチコックである。いつか高島忠雄さんがいっていたが、日本滞在中のヒッチコックはいつでもどこでも血の滴るようなステーキを食べていたらしい。頑固だったのだ。
 ステーキと聞けば、その昔、開高健さんのCMで、肉を毎日何キロだか食べる大男が登場するものがあった。サントリーウィスキーのCMだったと思う。アメリカ人だと思うが何人かで集まり、ステーキを食べている。その中に開口さんも入っていた。肉を食べながらセロリをかじっている男がいた。
 ある日突然ふらりと家を出て、そのまま二十年以上戻らない男というのも紹介されていた記憶があるが、それはたぶん開高さんの創作だろう。ふらりと家を出て戻らない男といえば、もちろん『パリ、テキサス』だ。ヴィム・ベンダースの傑作である。
 主人公は文字通りふらりと家を出た男である。映画の冒頭、荒野を歩いている男の姿が映し出される。そこからどんどん物語が発展していく。カンヌでパルムドールを撮った作品だが、これはいまでも映画のマイベストテンに入ってくる作品だ。
『パリ、テキサス』というタイトルが出れば淀川長治とおすぎの対談集『おしゃべりな映画館』だ。これはいまでもぼくが映画を見るときの、一種のテキストの役割を果たしてくれている。
『おしゃべりな映画館』のなかで取り上げられていた作品のなかで、印象に残っているのはタルコフスキーの『サクリファイス』だった。タルコフスキーとくれば切っても切れないのが水である。この人の水の表現は凄かった。あの黒澤がお手本にしたほどだ。
 水、といえばもちろん一龍斎貞水の怪談語りである。この人が怪談を語る時の顔は恐ろしい。語りも恐ろしいが顔もおっかない。以前にも書いたことがあるが、水のない怪談がどれだけ怖くないかを教えてくれたのはこの方だった。
 その怪談で思い出すのは『牡丹灯籠』だ。ここでも水――雨が凄い効果を出す。伴蔵が女房のお峰を殺す場面は、雨、それも豪雨だった。三遊亭圓朝のこの作品はほんとうに凄い。怪談というが、人間の欲望が複雑に絡み合い、一種のミステリーであり、人間劇場だ。落語の凄さを教えてくれる作品である。
『牡丹灯籠』で重要な役割を果たすのは下駄である。下駄を使った格闘技を見せる人物が登場するのは『男組』である。たしか《風舌流》だったと思うが、破剣の技とかいって、下駄による真剣白羽取りを行い、その後、刀の刃をへし折るのである。凄いのか無茶なのかよくわからない。
『男組』のラストで確か『刺客列伝』の一節が仰々しくつかわれていた記憶がある。どういうものかというと――
「風蕭々として易水寒し、壮士ひとたび去ってまた帰らず」
 という有名なあれだがこれの中国語版を聴いたことがある。その名も『始皇帝暗殺』という中国映画の最後にこの一節が出てきたはずである。日本語で聞くのとはまた違った趣があった。こういうのをきくとそれぞれの国が持つ言葉の固有のリズムみたいなものにも興味が向かう……

 ……と、まあこんな感じである。こうしてあるキーワードから浮かび上がってくる連想追って書いているが、実はかなりもどかしい。断片的な映像や音楽、言葉などが次から次へと浮かんでくる。
 たとえば関川夏央氏のことから書きはじめたとき、頭のなかでは荒井栄一さんの曲が聞こえていた。『清河への道』である。理由は、関川さんが韓国について多くの著作があるからだ。同時に豊田有恒さんといういまでは知る人も少なくなったSF作家の名前が浮かんできた。この人も韓国ウォッチャーだった。
 すると、当然『スーパージェッター』という古いテレビアニメが浮かんできた。宇宙からではなく未来からやってきたという少年を主人公にしたこの物語は豊田さんをはじめ筒井康隆さんなど多くのSF作家がかかわっていた。
 関川夏央氏、荒井栄一氏、豊田有恒氏、スーパージェッター、清河への道、フォークギターの響き――フォークギターではないアントニオ・マリーンというクラシックギターの名器でAmというコードを弾き、長谷川きよしは小指でミュートする。
 こういったものは同時に浮かんでくる。文章は相当混乱しているが、混乱を承知で続ければ、清河への道は高橋竹山を呼び起こす。なぜならこの津軽三味線の巨人は韓国民謡『アリラン』をレパートリーにしていたからだ。
 頭に浮かんだものをいっきに書いてしまえる方法があればきっとすっきりすると思う。語りつくせないもどかしさのようなものがいつもある。が、仮にできたとしても、それをやればこの文章のように混乱して収拾のつかないものになってしまうだろう。自分を納得させるためならそれでもいいのかもしれない。
 と、こう書いたとき浮かんでいるのは丸谷才一氏の『文章読本』である。このなかで丸谷氏は、はじまりがあり終わりがあるから皆は文章を一本の線として考えがちだが、そうではなく面としてとらえるべきだといっていた。
 一本の線といえば『長い灰色の線』である。ジョン・フォードだ。左幸子さんには『遠い一本の道』という作品がある。監督作品である。だから当然、ダークダックスの『銀色の道』が聞こえている……

 この辺でやめます(笑)。これはぼくという人間の頭のなかである。こんな感じでいつも雑多なイメージが渦巻いている。いってみればぼくは連想の蜘蛛の巣にからめとられているようなものかもしれない。
 ただ、いつもとはいっても年中こんな感じではない。いや、こういう感じはいつもだが、仕事やプライベートで文章を書いたりして、頭の動きが活性化してくると、特にこの感じが強くなってくる。ブログを書いているのはだいたいそんなときである。
 仕事やプライベートで文章(計算も含めて)を書いているときはあるテーマを追求しているときが多い。そういうときでも、集中してくると、そのとき追いかけているテーマとは無関係なイメージが次々と浮かんでくる。仕事を終えてもそのイメージがなかなか消えないときがある。このブログはそんなときに書くことが多い。

 それから今回はいっきに書いたので、いつもにもまして、誤字脱字、御変換が多いと思いますが、そのあたりは割り引いて読んでやってください。

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Posted on 2010/10/25 Mon. 21:06    TB: 0    CM: 0

ベトナムのペンギン 

 最近、松田聖子がまたCMで『スイート・メモリーズ』を歌っている。最初にこの曲を聴いたとき、歌っていたのは松田聖子ではなくペンギンだった。可愛らしいペンギンのキャラクターに松田聖子の甘えたような歌声が妙にあっていた。
 懐かしさにかられて何年前のことか調べてみて驚いた。所ジョージの声がかぶるあのCMは1983年のサントリー缶ビールのCMで、27年も前のことだった。ほぼ30年前のCMを懐かしく思い出している自分に気づくというのは複雑なものである。感傷的な気分ではなく、かすかな恐怖を感じる(笑)。
 恐ろしい話しはさておき、youtubeで懐かしいCMを眺めていると、勘違いをしていたことがわかった。歌うペンギンと涙を流してその歌を聴いているペンギンの姿にかぶる所ジョージのナレーションは、
「思い出だけでは生きていけない」
 と、思っていたが、
「泣かせる味じゃん」
 だった。頭の中で勝手にお話を作ってしまったのだろうか。ぼくにはよくそういうことがある。意識的にそうすることもあるし、無意識のうちにそうしていることもある。このあたりの感覚は微妙で、本人にしかわからない部分もある(笑)。
 ペンギンのキャラクターの可愛らしさに人気が集まり、アニメ映画も制作された。タイトルは『ペンギン物語 スイート・メモリーズ』だった。1980年代という時代を感じさせるのは、この物語がベトナム帰還兵の心の傷を描いた物語でもあるという点だった。

 あの『ランボー』もベトナム帰還兵の物語だった。余談になるが、原題の『First Blood』を見たとき、『最初の血』と訳すのかと思った。お話の感じから、
「最初に血を流したのはだれだ? おれ(ランボー)の責任じゃない」
 みたいな感じでとらえていたのだが、とんでもない間違いだった。この場合の《First Blood》というのは『最高の兵士』を意味するらしい。やっぱり外国語は難しい。いずれにしても《最高の兵士》であるランボーも戦争が残した心の傷に苦しんでいた。少なくとも最初に登場したランボーの人物像はそうだった。
 ベトナム帰還兵物で意外に好きなのが『ディスタント・サンダ―』という作品である。『ガープの世界』で性転換をするフットボール選手を演じたジョン・リスゴーが心に傷を負ったベトナム帰還兵を演じていて、これがとてもよかった。
 物語のラスト、殺人を犯した仲間のベトナム帰還兵が天を仰いで号泣する場面があったと記憶している。その場面を見たとき、黒澤映画の『野良犬』を思いだした。『野良犬』の犯人もまた太平洋戦争の帰還兵だった。三船敏郎の刑事に捕えられた彼は、内臓を絞り出すように号泣する。
 他愛もないアニメ映画だから、あまり目くじらを立てることもないのだが、『ペンギン物語』を見たとき、よその国の戦争とそれによって傷ついた人々を、こんなふうに描いていいのかなとちらりと思ったりした。実はいまもそう思っている。
『ペンギン物語』を図式化すれば《ベトナム⇒心の傷⇒彼女との出会い⇒スイート・メモリーズ(感傷的な曲)》ということになるのだろうが、戦争で殺したり殺されたりするというのは、感傷的なお話にはならないように思える。戦争中はもちろんそうだし、戦後だってそうだ。
 戦争が心に残した根深い悲しみと狂気を表現するのが正しい姿勢であるようにも思う。そのあたり『ディア・ハンター』には色々と批判もあるが、あのどこか狂った感じがよかった。クリストファー・ウォーケンが憑かれたような目でこめかみに銃口をあてる。あの姿がすべてだという気がする。
 もちろん、押しつけることはよくないから、これはあくまでもぼくの好みである。ただ大勢の人が死んだり傷ついたりした現実を物語にする場合は、気配りが必要だろうとは思う。物語の題材として面白そうだからというのはいささかいただけない。
 もちろんこれは『ペンギン物語』についていっているわけではない。頭をちらりとかすめた疑問の答えが今も出ていないから書いてみただけのことである。他愛もないお話は、難しいことを忘れて楽しむのが作法かもしれないが……。

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Posted on 2010/10/24 Sun. 18:24    TB: 0    CM: 0

散弾銃 

 たとえばアクション映画でよく使われるアイテムは散弾銃である。善悪問わず景気よくぶっ放しているが、冷静に考えるとあれはとても怖い場面だ。至近距離から発射された散弾銃の恐怖については、よく物の本で読んだりもする。
『ワイルド7』にも主人公が散弾銃で犯罪者を粉砕(射殺ではなく文字通り粉砕)する場面があった。生き身の人間に向かって散弾銃を発砲するという感覚は、遠方から狙撃銃で額を打ち抜くよりも遥かに残酷だ。感覚的にいうと刀で斬るようなものだという気がしてならない。返り血を浴びる覚悟が必要だ。
 大好きなコーエン兄弟の映画『ノーカントリー』に登場する殺し屋は、この散弾銃に消音器を装着していた。原作ではこの消音器は自家製みたいな記述があり、そういうことができるのかと驚いた覚えがある。
 映画のタイトル『ノーカントリー』だが、日本で出版されたときの小説タイトルは『血と暴力の国』である。こちらのほうがなんとなく好きだ。こういうある種のあくの強さを持ったタイトルが好きなのである。
『ノーカントリー』というタイトルがついているが、オリジナルは『No Country for Old Men』で、日本で公開されたタイトルとは少し違う印象がある。なるほど、ぼくも大好きな原作者のコーマック・マッカーシーは純文学の作家で『血と暴力の国』などというキワモノっぽいタイトルはそぐわないと配給会社は考えたのかもしれない。
 とはいえ、内容は純文学っぽい装いをした犯罪小説で、こんなやりかたもあるのかと目から鱗の作品だった。ぼく的にいえばこの作品は、犯罪小説の形を借りた純文学ではない。その逆だ。たとえば大藪春彦さんあたりが純文学を書けばこんな感じになったかもしれないと勝手に想像したりする。
『すべての美しい馬』という名作があるが、そのころから好きだった。セリフに引用符をつけない独自の書き方をする作家で、そのあたりも新鮮だった。いったいどこまでが地の文でどこからがセリフか、読めばもちろんわかるのだが、時々、
「はて? これはどっちだ」
 と、なる。そのあたりを読みにくいと思うか面白いと思うか。ぼくは面白いと思った。とにかく、そういった独自性も含めてこの作家の個性が好きである。小説はつまるところ方法の発見という感じもあり、そういってよければ何でもありである。
 作家のセンスということを考えることがある。たとえばゴルゴ13にM16を持たせたのも一種のセンスである。そういうことになった経緯がどういうことであれ、結果としてM16を狙撃用ライフルとして使用させたのは作者の感覚だったと思う。
 あるいは『秘密探偵JA』や『ワイルド7』の主人公にコルトウッズマン22口径という華奢な感じのするピストルを持たせた望月三起也の好み、それもセンスだ。そしてこの感覚はとても重要なのだ。ハリー・キャラハンに習って主人公に何でもかんでもS&WM29(マグナム44)を持たせたがるセンスは、正直ダサイと思ったりもする。
『血と暴力の国』に登場する殺し屋アントン・シュガーを象徴する武器はサイレンサーつきのショットガンとスタンガンである。このふたつの特殊な武器は、主人公の性格――というか特殊な感覚をよく表しているように思える。
 ただ、無謀を承知で悪口をいえば、アントン・シュガーの思わせぶりな態度が鼻につくこともある(笑)。関川夏央氏は小説『名探偵に名前はいらない』のなかで、
「黙示録に登場する不吉な登場人物を懸命に真似ようとしているような」
 と、そんな内容の独白を主人公に語らせている。主人公を脅しにきた暗黒街の男を描写した部分なのだが、こういった芝居くささをアントン・シュガーから感じる瞬間も、ないことはない。
『恐怖の岬』がリメイクされたとき、頭がとびきりよくてしかも頭がおかしい犯罪者をロバート・デ・ニーロが演じ酷評された。その酷評のなかに、
「彼は演じる人物を怪物的に見せようとするあまり、滑稽になってしまった」
 というのがあった。ようするに力みすぎて滑ったわけだ。それに通じるものがあるように思えてならない。しかし、だからだめだとは思わない。『血と暴力の国』はまちがいなく名作であり傑作だ。だいたいどんなことでもけちをつけようと思えばつけられるものなのだ。
 作家の個性というのは、細部にこだわることだともいえる。《神は細部に宿る》である。押井守が『アヴァロン』を製作したころ、
「作家の個性というのはデジタル的な表現ではなくガラスの割れ方とかそういったアナクロの集積だ」
 と、いうようなことをいっていた記憶がある。あるいは『イノセント』の頃だったろうか。まあいい、いいたいことは小道具ひとついえども馬鹿にできないということだ。小さな、ほんとうに小さなひとつひとつの要素を、神経症的に積み上げていくことで物語に個性やリアリティが生まれるのだろう。

 散弾銃についてはまだ書きたいことがあるので、つづく――(ただし、いつになるかわかりません)

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Posted on 2010/10/15 Fri. 20:43    TB: 0    CM: 3

復讐する者へ 

 復讐する者といえばもちろんハムレットだ。しかし、ぼくの場合真っ先に思い浮かべるのは『I・飢男(アイウエオボーイ)』である。暮海猛夫である。小池一夫原作、池上遼一画の劇画で『GORO』という雑誌に連載されていた。シェイクスピアほど格調は高くはない。
 どんな話しかというと恋人を殺された男の復讐劇だ。ありがちといえばありがちな話である。彼の恋人はとある大物政治家の秘密を知ってしまったばかりに殺される。そして、彼も殺されかける。九死に一生、かろうじて生き伸びた彼は、当然の成り行きとして復讐を誓う。
 彼は競馬の障害物レースで電流を使った八百長をして三億円を稼ぎ出す。その金を持ってアメリカに渡る。目的はハリウッドに自分の復讐劇を売り込むためである。つまり三億円を使って自分の復讐劇をドキュメンタリーとして撮らせ公開させようという企てである。
 ハリウッドを復讐に巻き込むというのは素晴らしいアイデアなのか、それとも狂人の戯言なのか判断の難しいところである。たしかなことは、この復讐劇は完結していないということだ。暮海猛夫はいろいろあっていまラスベガスにいるはずである。しかし、その後どうなったかはいまだに語られていない。
 それから何年かして『傷追い人』という劇画がはじまった。小池、池上コンビで主人公は復讐に生きる男だった。この作品は完結した。主人公はついに復讐を果たした。周囲を巻き込み、ずいぶんとはた迷惑な復讐だったが、彼はとにかく復讐を果たしたのである。
『I・飢男』で主人公の復讐を完結させられなかった作者が形を変えて続きを描いたのだとこの作品を読んだとき思った。もし、そうであったのなら、これもひとつ復讐――リベンジである。両作品とも、ぼくの肌になじまないところがあり、読み返したいとは思わないのだが、とにかく復讐は成し遂げられた。

 実をいえば復讐という湿度の高い感情は好きではない。たとえばゴッドファーザーにこんなセリフがある。ドン・ヴィトがトム・ヘイゲンに、
「復讐という料理は冷めたころが一番うまい」
 と、いう。これは映画の中にはなかったセリフである。あったのかもしれないが、日本語には訳されていなかったと思う。原作にはある。こういった感覚は苦手だ。ただ、人間がそういう気持ちになることがあるということは理解しているつもりである。だから苦手なのだ。冷めた料理を食わされる立場にはなりたくない。
「先輩を殺ったやつを忘れるわけがないだろう。こっちは忙しいんだ。おまえなんかにかまっていられない」
 と、こちらは事件屋家業(関川夏央原作・谷口ジロー画)のなかにあるセリフだ。正確にそうであったかどうかいささか自信がないが、たぶんこんな内容だった思う。冷めた料理の復讐よりもお仕事第一だ。
「うらみつらみもビジネスさ」
 と、割り切れればどれほど楽だろう。そうは行かないところが人間の辛いところであり、楽しいところでもある。復讐には血が通っているがビジネスには血も涙もない。『ゴッドファーザー』に話を戻せばマイケル・コルレオーネの冷たさはビジネス第一主義にある。
「相手を憎むな、判断力が鈍る」
 マイケルが無鉄砲な甥っ子のヴィンセントを諭すときのセリフだ。『ゴッドファーザー・パートⅢ』である。父親はシシリー出身の血の熱い男だったが、息子はビジネスライクなアメリカ育ちだ。
 乾いた世界は好きである。乾ききって寒々とした世界。きっと遠くまで見通せるはずだ。明晰なものが好きなぼくにとっては心引かれる。世界にあるどんなことでも整理できるものならしつくしてみたいという欲求がある。
 一方で人を憎めるから愛することもできるのだということもある程度理解しているつもりでいる。どれほど割り切ろうとしても人の心には割り切れないものが残る。整理しつくしたつもりでそこから零れる、《その他》が必ず存在する。
 裏切り者の兄を殺したマイケル・コルレオーネは終生苦しみ、そして最後に最愛の娘の死という復讐を受ける。正直にいえば『ゴッドファーザ・パートⅢ』のできはイマイチだったが、あのラストは、長い物語の最後に狙っていたものかもしれないと思うほどはまっていた。
 多くの復讐者は復讐の果実を手に入れるために、自ら進んで地獄を受け入れる。狂った姫が眠狂四郎いったセリフではないが、
「たとえ生き残ってもおまえの人生は血まみれだ!」
 ということだ。人は復讐し、そして復讐される。それは絶対に変えられない。人も国家も同じことである。どこかで憎しみの連鎖は断ち切らなければならない。可能だろうか……たぶん、不可能だ。

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Posted on 2010/10/12 Tue. 23:14    TB: 0    CM: 0

男の背中 

 何度も書いていることだが、サム・ペキンパーという監督はどこか好きになれない。暴力描写が嫌いということではない。クエンティン・タランティーノも衝撃的な暴力を描くが決してきらいではない。
 さらにいえば、ペキンパーの師匠であるドン・シーゲルも暴力描写に優れたものを持っていたが大好きだった。日本でいえば、我らが黒澤明はペキンパーが真似たといわれるほど、凄まじい暴力を演出して見せた。
 おそらく自分は乾いた感じが好きなのだろうと思う。ペキンパーには感傷的な部分があり、それがどこかなじめないような気分にさせるのかもしれない。小説でいえばチャンドラーの感傷よりもハメットの乾いた諦観が断然いい。もちろん、これは好みの問題で、人にとやかく言われても、絶対に譲らない(笑)。
 しかし、全部だめかというと、決してそんなことはない。この監督は恥をかく男の姿みたいなものをよく描いた。その場面はなぜか好きだった。恥をかいてそこで立ちどまらない男の姿が妙に心に残る。そういう意味では、男の気分みたいなものがよくわかっている人かも知れないと思ったりもする。
 たとえば『ダンディー少佐』だったと思うが、女性といちゃついていて、傷を負ってしまう場面があったと記憶している。軍人としては情けない話である。主人公はあのチャールトン・ヘストンで、その赤っ恥をかいた情けない顔がなんともよかった。
 あるいは自分では互角と思っていた相手にガンファイトを挑まれ、銃を抜けなかったか男の惨めさみたいなものを描いた場面もあった。『昼下がりの決闘』だったろうか。とにかく、ああいった気分になることは誰にでも一度や二度はあるような気がする。ちょっと意地の悪い見方をすれば、それだけ男は単純な生物だともいえる。
『ワイルドバンチ』のなかにもそういう場面があった。主人公のパイクが馬に乗ろうとするときそれはおきる。その前、パイクはすぐに仲たがいをする仲間に対して、チームワークの大切さを説いている。ようするに説教をしていたわけだ。
 説教が終わり、いざ馬に乗ろうとしたとき鐙皮が切れ、パイクは無様に地面に転げ落ちるのである。その顔が苦痛に歪む。最初、この映画を見たとき、どうしてあの程度のことでパイクはあれほど痛がるのかわからなかった。
 後に知ったことだが、パイクには脚に古傷があるという設定だった。シナリオには左足(だったと思う)に古傷があり、少し足を引きずるようにして歩くとなっていたはずだ。つまりそういうことだったのだ。鐙皮が切れて転がり落ち、古傷を痛め苦痛に顔を歪める。しかし、呻き声はもらさない。懸命にもれそうになる呻き声を押し殺している。
 さっき説教をした相手はすでに馬上にあり、地面に転がっている初老の無法者を冷たく見下ろしている。凄いのはこのとき、冷たい目で見下ろしているのは、パイクに反感を持っている連中だけではないということだ。
 同性愛的感覚ではないかと勘ぐってしまうほどの深い友情で結ばれている仲間も、このときは無言で見つめている。もちろん、その目には反感を持っている連中とは別のひかりがあることはわかっている。このあたり、アーネスト・ボーグナインの名演技だ。
 とにかく、誰も助けようともせず、手を貸そうともしなかった。この場合は、それが正しい。パイクは歯を食いしばり立ち上がる。そして、鐙を使わないで馬に乗る。そのとき、反感を持つ仲間の一人が、
「馬にも乗れねえ老いぼれか」
 と、いうような意味のことをいう。パイクは何も言わない。ウィリアム・ホールデンが演じているのだが、このときの顔が実にいいのだ。悲しげで寂しげで、この表情はじわっと胸にくる。パイクは無言で皆をみて、目的地に向かって進みはじめる。
 その背中がたまらない。片方の肩を少しだけ落として、馬の背に揺られている男の背中に、なんともいえない哀感が漂っている。老いた無法者の寂しさのようなものが伝わってくる。あれはたしかに名場面だった。
『男の背中』は増位山太志郎のムード歌謡で、なかなかの名曲だが、映画『ワイルドバンチ』で見せた男の背中も印象に残った。あの有名なラストの銃撃戦以上に好きな場面かもしれない。

カテゴリ: 映画

テーマ: 映画感想 - ジャンル: 映画

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Posted on 2010/10/07 Thu. 20:30    TB: 0    CM: 0

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