Gitanの趣味

ひたすら趣味の道を走っています(ニヤリ)

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戦争論 

 8月も15日を過ぎると戦争の話題も遠のく。しかし、8月になるとあらためて日本は敗戦国だということを認識する。年齢がばれそうでいやなのだが、ぼくは戦争に意外に近いところで生まれている。父は兵士としてあの戦争に参加した。
 父から聞いた戦争の話しは、空腹と、いじめと、理不尽に満ちていて、正直に気の滅入ることばかりだった。親戚のなかには大陸で戦闘に参加した人もいる。いる、と進行形で書いているのは、その方はまだ元気で矍鑠としておられるからだ。
「戦争が終わったと知ったときは、正直ほっとした」
 父はそういっていた。
 あのまま戦争が続いていれば父は確実に死んでいた。父が戦争にいったのは、お国のためではなかった。家族を守るためでもなかった。召集令状がきたからいったのだ。仕方がないからいったのである。行かなくていいものなら行きたくなかったといっていた。
 父から戦争に行く朝の話を聞いたことがある。足が前に向かって進まないような気持だったといっていたことが印象に残っている。あの戦争をどう評価するかは人それぞれでいいと思う。しかし、ぼくの周りにかつていて、そしていまもいる戦争に参加した人たちは、二度といやだと誰もがいっていた。
 アニメ映画の名作『パトレイバー2』は戦争がテーマだった。少なくともぼくはそう思ってあの作品を観た。物語のなかで正義の戦争と卑怯者の平和について語る場面がある。語るのは竹中直人の渋い声だ。
 正義の戦争と卑怯者の平和、どちらの言いかたも好きではない。この世界には正義の戦争もなければ卑怯者の平和もないと思っている。戦争がなかった時代はない。世界のどこかで必ず戦争はあった。幸運にも65年間、戦争がなかった奇跡の国があるだけだ。
 誇りをかけて戦うという言葉を聞く。勇ましく、まことにかっこいいが、後に何が残るのか、やるからには覚悟を決めなければならない。理不尽な世界だ。戦いを避けられない場合もあるかもしれない。しかし、卑怯者の平和を恥と思う精神構造で、なりふり構わぬ戦いにほんとうに勝てるのだろうか。
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カテゴリ: 日記

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Posted on 2010/08/29 Sun. 16:22    TB: 0    CM: 4

鳥の群れ 

 結局、すべての大元はヒッチコックだという気がする。何の話かといえば《鳥》である。ヒッチコックの映画『鳥』は何度見てもこの監督の才能の凄さを感じさせる作品だ。まさかどこにでもいる《鳥》が、あれほど映画的な物体になるとは想像もしなかった。
 もっともこれはヒッチコックの発見というよりも原作者であるダフネ・デュ・モーリアの発見というべきかもしれない。が、ヒッチコックの映画では鳥がなぜ人間を襲うのか、その理由は明らかにされていなかった。原作には、鳥が人間を襲うについて一応の理由がある。
 このあたりはヒッチコックの慧眼だと思う。何の因果関係もないのに突然襲ってくるというのは、不条理である。同じ襲われるにしても、理由がある場合よりもない場合のほうがはるかに恐ろしい。ヒッチコックが数多の傑作を生み出せたのは、人間の心理を知りぬいていたからだったとよく教えてくれる。

 ヒッチコックの『鳥』から話しをはじめたが、今日は別の映画の話だ。とはいっても《鳥》の登場する映画である。劇場版『パトレイバー』『交渉人真下正義』『シャーロック・ホームズ』この三作品にはいずれも烏(からす)が効果的に使われていた。
 劇場版『パトレイバー』を見たとき、映画『鳥』を思い出した人はけっこういたのではないだろうか。洋上に浮かぶ『方舟』の最上階に泉野明がたどり着いたときに見る鳥の群れ。その中心にいる烏(からす)。あの辺りはうまかった。
 その後、『交渉人真下正義』でまた烏(からす)が登場した。犯人とも犯罪とも何の関係もないが、正体不明の犯人の象徴のように烏(からす)は登場する。正直にいえば、この作品は『パトレイバー』ほど面白くなかった。それはまあいいが、この映画を見たとき、『パトレイバー』に感化されたのかなと思ったりした。
 余談だが、『交渉人真下正義』は『踊る大捜査線』のスピンオフ作品である。『踊る……』を見たとき、なぜかパトレイバーに似ていると感じた。こんなことを感じたのはぼくだけかもしれない。別にロボットが登場するわけではないが、なんというか、作品の雰囲気、気配のようなものが、似ているように思えた。
 で、最近見た映画である。『シャーロック・ホームズ』である。この映画のラストにも烏(からす)が効果的に使われていた。トリックで魔術を演出した大悪人との最後の戦いの場面、それは登場する。
 主人公ホームズは敵のトリックをすべて見抜くが、最後にやや超自然的な物言いをする。そのとき烏(からす)がどこからともなく飛来する。ここがうまいのである。烏(からす)に意味があるわけではもちろんない。烏(からす)を登場させなくても話を完結させることは可能だ。
 しかし、あそこで烏(からす)が出るかでないかで、作品の印象は大きく変わっただろう。淀川長治さんもいっていたが、このあたりが《感覚》だと思う。映画監督というのは、やはり感覚が鋭いにこしたことはない。
「映画における鳥の有効活用(笑)」は、ヒッチコックが大元ではあるが、『交渉人……』と『シャーロック・ホームズ』に関しては、我らが押井守だと思いたい気分だ。誰が誰の真似をしたというわけではないが、不吉な鳥の演出は、ヒッチコックというよりも押井守のセンスをいただいたという感じがしないでもない。

カテゴリ: 映画

テーマ: 映画感想 - ジャンル: 映画

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Posted on 2010/08/06 Fri. 23:17    TB: 0    CM: 2

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