Gitanの趣味

ひたすら趣味の道を走っています(ニヤリ)

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1960年代から来た狙撃者 

 ゴルゴ13の正体は、もちろん芹沢五郎である。そう固く信じている。だから年齢は六十歳を超えていなければならない。ことによるとすでに七十歳を超えている可能性すらある。いったい、七十歳の狙撃者というのはどんなものだろう。しかし、とにかくゴルゴ13は今も現役で、世界のどこかで仕事を続けている。
 そのゴルゴの名前の由来だが、
「主を裏切って茨の冠をかぶせ、ゴルゴダの丘で十字架にかけた13番目の男」
 と、いうのが一応定説らしい。
 しかし、初期の作品では、西ドイツ使役刑務所(だったと思う)で《ゴルゴダの棺桶》とかいう拷問を受けても平然としていたからその名がつけられたとか、囚人番号が1214であったとか、まあいろいろ理由が付けられている。
 いまうっかり《ゴルゴダの棺桶》を拷問と書いたが、拷問というよりも特殊な独房であるらしい。別の作品――後で書くが――に、確かその形状が出てきたと思う。どうも、非人道の極みのような独房であるらしい。先進国でこんなことが行われていることが公になれば、時の政権も危うくなるかもしれない。もちろん、劇画の中のお話だ。
 考えるにゴルゴ13は人間ではない。おそらくミュータントである。本気でそう思っている。ゆっくりとした年齢の取り方もそうなら、他のあらゆる属性がそれを物語っている。神がかり的な狙撃術は、おそらく念動力で弾丸をコントロールしているのだ。まちがいない。

 ゴルゴ13のルーツに関するエピソードはいくつかある。そういったルーツものではないがまったく別の作品に、ゴルゴと重なる主人公が登場する。江波じょうじに『ザ・テロル』という作品がある。
「広場の思想」という特異な思想(?)を持つ殺し屋が主人公である。もう少し正確にいうと、この思想は貴城謙介なる人物の思想ということになっていたように思う。しかし、主人公の殺し屋とこの男は結局別人ということになったのではなかったか。
 だから「広場の思想」と主人公は、何の関係ないように思うのだが……何分、ずいぶん昔に読んだ作品で、断片的にしか覚えていない。「広場」だろうが「閉所」だろうが、得体のしれない危険思想を殺し屋に重ねたのは、ようするにあの時代の気分のようなものの反映だろうという気もする。まあ、いいか(笑)。
 まちがいがあるかもしれないということを前提に続けると、ザ・テロルはかつて別の顔を持った暗殺者であったということが語られていたように思う。ライフルの持ち方を見て、それを指摘する登場人物がいたはずだ。
 さらにこの殺し屋もゴルゴ13と同じ《ゴルゴダの棺桶》の拷問を受けた経験があるということになっていた。だから作品の中で、どうもこれはゴルゴ13ではないかと思われる人物について語られる部分もあったように記憶している。
 もうひとつ、この殺し屋は特殊な麻薬によって、どこかの組織に縛られていたはずだ。それがどんな麻薬であるかは触れない。倫理規程――個人的な――に触れるので書かない、書きたくない(笑)。だが、とにかく彼は麻薬によって縛られている。後に彼は麻薬の縛りから逃れ、自由を手に入れる。文字通り、広場の男になるわけだ。
 物語のラスト、彼はセスナ機に乗って飛び立っていく。どこに行くのかはわからない。彼のパートナーが語りかける声がそこにかぶる。もちろん、劇画だから台詞が描かれているわけだが、内容はたしか、
「もう一度銃をとるために行くの、それとも捨てるために行くのか」
 と、そんな感じだったと思う。
 繰り返すが、何十年も前の記憶を頼りに書いている。断片的にしか覚えていないし、そもそも人間の記憶は曖昧なものである。自分の都合に合わせて風景を変えていくものだ。誤りがあれば申し訳なく思う。が、これはあくまでも私的な呟きということで御勘弁願いたい。

 ゴルゴ13ことデューク東郷とこの広場の男がどこかで重なる。何の根拠もないのだが、ゴルゴ13とテロルは同一人物ではないかと勝手に思っていた時期がある。もちろんそれは原作が小池一夫(この当時は一雄)さんだったからということもあるだろう。ゴルゴ13の初期には、小池一夫さんが参加していたはずである。
 もちろんゴルゴ13と『ザ・テロル』は別人なのだろう。凄腕の殺し屋という点で共通点はあるが、それを言い出せば、劇画に登場する殺し屋はみな同じようなところがある。凄腕というのは人間離れした殺人技術を持っているということで、悪人、犯罪者というよりも、ほとんど運命的な禍のような存在だ。

『ザ・テロル』のなかで語られる広場の思想がどんなものか、興味のある方はインターネットで探してみてください。検索すると出てくるはずだ。読んでいると、時代を感じさせる。中島みゆきではないが、あんな時代もあったのだ。
 ゴルゴ13のはじまりは1968年ごろだったと思う。『ザ・テロル』に関してはよくわからないが、時期的にそれほど違うとも思えない。初期のゴルゴ13や『ザ・テロル』を読んでいると、あのころが何となくわかる気がする。皆どんな気分で生きていたのか。アナーキーな時代だったのだ。
 この先、ゴルゴ13の正体が明らかになることはないのだろう。どこかへ飛び立った『ザ・テロル』は戻ってこないだろうが、デューク東郷は今も仕事を続けている。ゴルゴ13という作品は時々の時事ネタを取り入れている。
 しかし、どんなに新しい題材を取り上げても、たとえスペースシャトルに乗り込んで宇宙空間で狙撃を行ったとしても、どこかに懐かしい匂いがするのは、結局、デューク東郷が1960年代の生き残りであるからかもしれない。
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カテゴリ: 漫画

テーマ: 漫画の感想 - ジャンル: アニメ・コミック

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Posted on 2009/04/27 Mon. 20:35    TB: 0    CM: 1

夢の城 

ディズニーの城

 ディズニーランドだ。
「ねえ、どうしていやなの?」
「みんなの行くようなところには行きたくない」
「お寺巡りはするじゃない。みんな行くようなところでしょう」
「喧騒が嫌いなんだ」
「嘘でしょう」
 確かに嘘だ。彼女は知っている。たとえばこの駄文は、CDを聞き、テレビをつけ、さらにそばにギターを置いて書いている。喧騒が嫌いなどというのは、真っ赤な大嘘である。なぜかいままでディズニーランドに行く機会を得ていない。ただそれだけのことである。
 特別な理由があるわけではなかった。反米主義者であるはずもない。どちらかといえばジャンクフード類はかなり好きな方だ。そうなると、なぜ今まで一度もディズニーランドに行かなかったのか、自分でも理由がわからなくなってくる。
「とにかく、一度は行ってきなさい。あんな楽しいところはないから。ウォルト・ディズニーは大人も子供も楽しめる遊園地を造ったのよ。何度もでも行きたくなるから。夢のお城の写真でも眺めて、心を入れ替えなさい」
 事実、彼女は何度も行っている。何度もいっている人間は他にも知っている。

 写真にあるのは、まさしく夢の城だ。夢の城を現実のものにするにはいったいどれだけのエネルギーが必要なのだろう。たとえば夢を紙の上(最近は液晶ディスプレイだが)に文字や線で描くことにも、かなりの根気とエネルギーが必要だ。
 しかし、これを現実のものにするとなると、そのエネルギー量はけた外れになってくる。狂気に近いエネルギーだ。紙に描かれた夢の城を現実の世界に移築するのに必要なものは、才能というよりも狂気に近い気質なのではないかと思ったりする。

 ウォルト・ディズニーについて知っていることはそう多くはない。たとえば彼はアイルランド系だった。世界で初の長編カラーアニメーションを作った。ピノキオの鼻を丸くした。ヘビースモーカーだったが、煙草を持った写真は一枚もない。人種差別主義者という誹りも受けた。
 ディズニー作品は盗作の非難を受けているものもある。有名なところでは『ライオンキング』がある。一応、盗作ではない、ということになっているらしいが、
「やっぱり『ジャングル大帝』だよなあ……」
 と、思ったりする。
 夢の城をつくるということは、夢の城が違和感なく存在できる世界をつくるということでもある。誰もが嘘だと知っている嘘を、ほんとらしく見せるには、まず自分がそれを信じなければならない。
 現実の世界に聳え立つ夢の城を一番見たかったのは、他でもないウォルト・ディズニー自身だったのだろう。自分の頭の中だけに存在している夢の世界、自分のものも人のものも、それをこの目で見てみたいと思ったところからすべてがはじまったのかもしれない。
 もし、ウォルト・ディズニーが生きていて、極東の島国にも自分の夢の国ができたことを知れば、いったい何を思うのだろう。

カテゴリ: 日記

テーマ: ブログ日記 - ジャンル: ブログ

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Posted on 2009/04/26 Sun. 08:59    TB: 0    CM: 0

ぎこちない歌謡曲 

 吉田拓郎という人がわりと好きである。好きな曲をあげはじめるときりがないのでやめるが、それぞれの時代に好きな曲がある。あるいは心に残る曲というべきかもしれない。ひとつだけこの曲をというなら、『春だったね』という初期の曲が好きである。後、『アジアの片隅で』という曲も好きな曲だ。
 フォークといいニューミュージックというが、この人は自作自演の歌謡曲歌手だったのだろう。早口でまくしたてるような歌詞や、どこか居心地の悪い感じがするメロディーと、すんなりと耳に入ってくる歌謡曲とは対極にあるように見えて、実は歌謡曲なのだという気がする。
 吉田拓郎という人の中にあった歌謡曲とは、つまりああいうものだったということかもしれない。経歴などを読んでいても、当時流行の社会に対する批判的な姿勢とは最初から無縁のところで歌を歌いはじめたということがわかる。
 デビュー曲の『古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう』は全共闘の資金稼ぎのために企画されたという、今ならあっと驚くおまけがついているが、吉田拓郎自身は最初からプロ思考が強かったようだ。

 これは勝手な想像だが、吉田拓郎という人は社会をどうこうしようという前に、自分を何とかしたいという気持ちが強かったのだろう。1960年代当時、若者の間では反体制的な気分が強かった。吉田拓郎は当時、ずいぶん批判されたようだが、それも納得できるというものだ。
 悪意なくいってしまうが、思想とか理想とかには流行り廃りがあっても、おれ(あるいはぼくやわたし)が一発あてて成功したいという気分は、時代が変わっても受け継がれていく。
 人は口にこそ出さないが、そんなことを考えているのかもしれない。そんなことというのは、出世して富と名声を得たい、できれば美人と結婚したい――と、そんなことだ。できるかできないかは別として、そう考えることは決して恥ずかしいことではない。
 恥ずかしいことではないが、それをあけすけに口にすることにはなぜかためらいを覚える。もしかすると吉田拓郎は、作り出す音楽――というよりも、その存在で、人があまり口にしないことを堂々と体現して見せたのかもしれない。そこに共感が生まれた。と、考えるのはもちろん僕の勝手な想像だ。

『唇をかみしめて』という曲がある。けっこう有名な曲だから知っている人も多いと思う。映画『刑事物語』の主題歌だ。映画は、まあそんなものといった印象だ。ひとこと言わせてもらえば、日本全国を渡り歩く刑事は存在しないと思う。一般的な警察官は地方公務員なのだ。まあ、それはいい。
 とにかく、映画はまあそんなものだが、主題歌は印象に残った。ニューミュージックというよりも歌謡曲、というよりもまるで演歌のようだが、なぜか心に残る。理由は、この曲が広島弁で歌われているからだろう。方言には迫力がある。
 いわゆる共通語というのは人工語で、生の感情を伝えるには不向きな言葉だとどこかで読んだことがある。司馬遼太郎さんの著作だっただろうか。その通りだと思う。その土地で生きて行くために生み出された言葉は、地域限定だが、それだけに生きることと密接に絡み合っている。情念のようなものを伝えるには方言の方が適しているのだろう。
 吉田拓郎は意識的にそれをやったのだろうか。もし意識してやったのなら、どこかぎこちない感じが残る彼の楽曲もすべて計算されたものだということになる。無意識にやったのだとすれば、天才ということになる。天才は言いすぎかな(笑)。
『今日までそして明日から』という曲を歌っている吉田拓郎を少し前に見た。病から復帰した後だった。それを見たとき、『今日までそして明日から』という曲の持っている重みのようなものをはじめてわかった気がした。
 この曲を作ったころ、吉田拓郎自身もその曲が持っている意味に気づいていなかったのかもしれない。天才というのは持ちあげすぎかもしれないが、広島の一青年があそこまで上り詰めたのは、やはり運だけではなかったのだ。

『唇をかみしめて』に話を戻すと、不覚にもこの曲を中島みゆきが歌っていることを最近まで知らなかった。その映像を最近動画サイトでみつけて、驚きながら聴いていた。感想は、癪に障るが(笑)、これが意外に良かった。中島みゆきは実に正統派の演歌歌手であるということがわかった。

カテゴリ: 音楽

テーマ: 音楽 - ジャンル: 音楽

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Posted on 2009/04/20 Mon. 10:11    TB: 0    CM: 0

知性の冷たさ 

 いきなりだが市川崑という監督は出来不出来の激しい監督だと思う。できのいいときは目を見張るが、悪いときは、これはもうどうしようもない。どの作品がよくてどれが悪いかは、今回は語らない(笑)。それと自作のリメイクをしているが、これもどうかと思う。
 いきなり市川崑の話をはじめたのは、『木枯し紋次郎』がリメイクされるという記事を目にしたからだ。主演は江口洋介さんだ。元祖紋次郎、中村敦夫さんも老やくざの役で出演するらしい。木枯し紋次郎は市川崑の演出だった。
 作者の笹沢佐保さんのなかにあった紋次郎のイメージは田宮二郎だったとなにかで読んだことがある。個人的には若かりし頃の仲代達矢さんのイメージがあるように思う。いずれにしても二枚目である。
 原作を読んだ方はわかると思うが、紋次郎は整った顔立ちだが、印象が暗すぎるということになっている。中村敦夫さんは独自の個性があることは認めるものの、二枚目ではない。しかし、今となっては、木枯し紋次郎は中村敦夫以外に考えられないほどのはまり役になった。

 作品の出来不出来の差は激しかったが、市川崑は確かに一流だった。『木枯し紋次郎』に中村敦夫を選んだというその事実だけで一流だと思う。いつだったかテレビで中村敦夫さん自身が、
「木枯し紋次郎に選ばれたのは顔が長かったからだ」
 と話していた。
 紋次郎の三度笠は通常のものよりもかなり深い。従って、顔が長くなければバランスが取れないというわけだ。冗談のように話していたが、案外それもあったのかもしれない。もちろん、顔が長いことだけが、紋次郎に選ばれた理由ではないだろう。
 思うのだが、紋次郎を演じる役者は屈折したインテリがいいのではないか。市川崑は、知性がある種の冷たさを持つということを知っていたのかもしれない。知的な冷たさと、どん底でのたうちまわるような人生の果てに、心が死んでしまった者の虚無感には、通じるものがあると考えたのだろうか。
 貧農の生まれで、本来なら間引かれるはずだった紋次郎である。十歳のときに故郷を捨てて、いつか無宿の渡世人になったという設定である。テレビドラマでは、かなり後になって製作されたパート3でそのことに触れられているが、島帰りでもある。
 およそ考えられる限りの、辛酸をなめつくした人生ということになる。だから感情が死んでいる。感情が死んだ冷たさを表現できる役者として市川崑が選んだのが、インテリ役者中村敦夫だったということが凄い。

カテゴリ: 時代劇

テーマ: テレビドラマ - ジャンル: テレビ・ラジオ

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Posted on 2009/04/14 Tue. 21:31    TB: 0    CM: 4

銃と弾丸の平和について 

 こんなことを思うのは、人工衛星かはたまたミサイルか、とにかく事故であれ意図的であれ、落ちれば大事故になることはまちがいのない飛翔体を、近くの国が発射すると大騒ぎをしているからだ。
 あくまでも素人考えだが、飛翔体を迎撃するというのは、破壊力に対しては破壊力で対抗するということなのだろうと思っている。わかりやすい構図だ。それが正しいのかどうか、判断は立場によって違うだろう。そういうことが必要な場合もあることは理解している。

 で、考えている「こんなこと」というのは、『ワイルドセブン』だ。かつて少年雑誌に連載された画期的なマンガだ。望月三起也作のこの作品をいまさら説明する必要もないと思うが、主人公は七人の超法規的白バイ警官である。ただし、プロの殺人集団でもある。
 さらにいえば、彼らはただの警察官ではない。とんでもない階級を与えられている。主人公飛葉の階級は《警視長》ではなかったろうか。この上は警視総監と警視監しかない。いくらなんでも元犯罪者である。ここまでの階級を与えていいのかと思えてくる。
 何度も言うが連載されたのは少年雑誌だった。いまは白バイ警官の《警視長》でも、元は犯罪者で殺人者たちが主人公のマンガというのは、いまならとても発表できなかったのではないか。内容も過激だった。加えて、望月三起也のダイナミックでリアリティ満点の描写である。作品として見れば最高に面白い。
 ひとつ強く印象に残っている場面がある。どのエピソードだったか忘れたが主人公が、
「さっさと仕事をすませてうどんを食べるんだ」
 という場面があったような記憶がある。
『灰になるまで』のなかのエピソードだったかもしれない。この場合の仕事というのは殺人である。犯罪者(もちろん血の通った人です)を射殺して、うどんを食べるのだと彼はいっている。
 現実にこんな人間は、多分存在できない。現実にこんな人間がいるとすれば、まともな日常生活は営めないだろう。精神のどこかが壊れている。犯罪に対して実効性のある抑止力を行使することはあるにしても、血が流れたことへの後味の悪さはまちがいなく残ると思う。

 たとえば『ゴルゴ13』は非情という二文字の体現者かもしれない。しかし、非情さの度合いを比べれば、
「いまからお前を射殺して、おれはうどんを食べる」
 と、宣言する方が、はるかに上ではないだろうか。笑いながら人を撃てるという感覚は、一年365日、自分の立場を知って、じっと歯痛をこらえているような顔の国際的テロリストより、はるかに危険な感じがする。当たり前の日常のなかに血の匂いが濃厚に漂っている。日常と非日常が、きわどく共存している。
『ワイルドセブン』はもちろんエンターテイメントだが、つきつけてくる問題はけっこう重いのかもしれない。血と鉄によってしか平和は勝ち取ることはできないのか。凶悪に対抗するには自分たちも凶悪になるしかないのか。力には力でしか対抗できないのか……難しい。

カテゴリ: 漫画

テーマ: マンガ - ジャンル: アニメ・コミック

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Posted on 2009/04/05 Sun. 09:47    TB: 0    CM: 2

旅の作法 

 世のなかには合法非合法を問わず、無数のルールがある。なかには、いつ、誰が、どうしてこんなルールを作ったのかと、強烈に好奇心を刺激するルールもある。たとえば渡世人の食事の作法もその中のひとつだ。
 この場合の渡世人というのは、江戸時代末期の博徒である。なかでも旅烏とよばれる住所不定放浪者の、一宿一飯の特に食事に関する作法に興味がある。これは実に不思議な作法だ。
 一宿一飯における食事は一汁二菜だ――と、言い切るように書いたが、実際にその時代を見てきたわけではないので何とも言えない。たとえば市川崑の『股旅』という映画に登場する、旅烏に与えられる食事は、雑穀の雑炊のようなものだけだった。『股旅』がどの程度史実に忠実なのかはわからないが、リアリティはあった。

 一汁二菜に話をもどすと、ご飯と味噌汁、香の物に焼き魚だとものの本にはある。この場合のご飯はどんぶりに山盛りだ。しかもこれは二杯と決まっているらしい。食料事情が悪かった当時、どこでもそんなことが可能だったのかどうか、やや疑問が残る。おそらくどこでもそれが食べられるというものではなかったのだろう。
 とにかく、山盛りのどんぶり飯が二杯だ。ギャル曽根でもない限り食べられるものではない。まずご飯の真ん中に穴を掘るようにして食べる。そこにご飯を継ぎ足して、それで二杯と勘定する。なぜ一杯ではなく二杯なのか。一杯では仏前飯と同じで縁起が悪いのだという。
 そして、ここが一番重要なのだが、なにひとつ残してはいけない。たとえば魚の骨なども紙に包んで懐にしまい、外出した時などにそっと捨てる。渡世人の世界にこういったしきたりがあることを知ったのは、もうずいぶん前のことだ。子供のころ、少年マンガ誌で読んだ。
 たとえばある親分などは、渡世人が作法を少しでもミスると、おかずになみなみと醤油を注ぐなどの嫌がらせ――ではないにしても、それに近い、一種の懲らしめをしたらしい。食べるほうはずいぶん辛かっただろう。
 旅烏と呼ばれた人たちが放浪していたのは、諸般の事情でひとところに住むことができなかったからだ。それでも建前は一応修行の旅、ということになっていた。だから、それなりの規律があるわけで、食事といえども厳しい修行のひとつだ。しかも親分からのいただきものとあれば、残すなどもってのほかというわけだ。

 映画でこの食事の作法を最初に見たのは、市川雷蔵主演の『ひとり狼』だった。噂の渡世人追分の伊三蔵が草鞋を脱いだ先で、作法に則った食事をする。そのきりっとした感じが実にかっこよかった。
 ほんとうに、渡世人のこの作法はいつ頃成立したのだろう。とても興味がある。

カテゴリ: 未分類

テーマ: 今日のブログ - ジャンル: ブログ

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Posted on 2009/04/02 Thu. 23:54    TB: 0    CM: 6

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