Gitanの趣味

ひたすら趣味の道を走っています(ニヤリ)

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超時空対談――え? あの人が 

『超時空対談』という本がある。集英社から出ている本で内容はというと、すでにこの世を去られた有名人と著名人が対談をするという架空対談集である。有名人というが半端な有名人ではない。ハンフリー・ボガード、ベートーヴェン、アンリ・ベルグソン、レイモンド・チャンドラー、ジャン・ギャバン、エドガー・アラン・ポー、チャーリー・チャップリン……等々。成吉思汗とまで対談をしているのだからもの凄い。有名人というよりも、すでに歴史上の人物といってもいい。

 で、対談をする側だが、これがねえ……田中小実昌、山下洋輔、タモリ、河野典生、池波正太郎、都筑道夫、開高健、寺山修司、植草甚一、星新一、高木彬光……この中の何人かは、超時空対談の対象になっておられる。この本が出版されたのは1981年である。
 歴史上の人物が本当はどんな人であったのかわからない。しかし、これを読んでいると、なんとなくこの人ならこんなことを言うかもしれないなと思わせるのが面白い。対談という形式をとっているが、これは小説だと思っている。歴史上の人物を登場させる小説はいくらでもある。それと同じだ。

 たとえば山下洋輔氏とベートーヴェンの対談は、大笑いである。
山下「(略)……あのB7の前の4小節のコード、あれはどうしちゃったんですか。AマイナーにFの音がくっついたというか、FメジャーにEが入っているというか……」
 と、こんな感じで延々と音楽談義が続いていく。断っておくが話している相手は、ジャズプレイヤーではない。ベートーヴェンである。時と場合によって、話は専門的な分野におよび、わからなくなる瞬間もあるが、わからないから面白くないということは決してない。わからなくても笑えることや、感動することはいっぱいある。

 余談ながら、ぼくは{数式・方程式}が大好きである。半端な{数式・方程式}ではない。向こう千年生きてもぼくには絶対に理解できない{数式・方程式}だ。それでも好きなのは、あれが綺麗に見える。眺めているのが好きなのだ。本当です。いつか{数式・方程式}ばかりを書いた紙を額に入れて飾ろうかと思っている。もしくは、{数式・方程式}で埋め尽くされた壁紙はないだろうかと本気で思っている。

 それはさておき、山下VSベートーヴェンのほかにも、高木彬光さんと蒼き狼成吉思汗との対談もある。ふるっているのはこの成吉思汗が源義経であるという点だ。義経は蝦夷(北海道)から大陸に渡り成吉思汗になったという伝説がある。
 ひねりがきいているのは、河野典生VSレイモンド・チャンドラーである。対談の相手は、八割方フィリップ・マーロウだ。チャンドラーが生み出した探偵。現実の探偵に対して「鉄パイプのように知性がない」とこき下ろしたチャンドラーだ。マーロウはトレンチコートを着た理想である。わかりにくい偏屈おやじのチャンドラーを、マーロウの目を通して客観的に語ろうとしている。さすがです。

 中にはひやりとさせられる対談もある。
 開高健氏とアドルフ・ヒットラーだ。
 いつか、紹介したと思うが、重い……。
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カテゴリ: 読書

テーマ: 紹介したい本 - ジャンル: 本・雑誌

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Posted on 2007/02/27 Tue. 21:08    TB: 0    CM: 0

スティーブン・キング はたしてホラーは怖いのか……難しい 

 S・キングが大好きだった。

 と、その話の前に、お詫びと訂正。
 丹下左膳――いよいテレビ放送が始まりました。やったね。やっぱいいわ、市川崑演出の丹下左膳。
 それはともかく、先日、このブログで丹下左膳のオープニングについて、井戸で水を飲んでいる丹下左膳に背後から少女が近づいていくと書いた。まちがいでした、すみませんm(__)m。
 逆でした。少女が井戸で水汲みをしている。そこで声をかけられる。
「水を飲ませてくれ」
 少女が振り向くと白い着流しの浪人。片目の顔がアップになり、少女が卒倒する。
 と、こういう感じだった。
 逆だったんだねえ。いや、平に、平に(これ、『七人の侍』です)。

 さて、キングである。好きだったと過去形で書いたのは、アメリカでは知らないが、日本ではブーム(そんなものがあったのかどうかしらないが)も去った感じだし、何よりも、ぼくの中でブームが終わって久しいからだ。
 一生懸命に読んだのはとにかく『It』までである。『It』を読んで砕け散りました。キングの最高傑作という話だったが、ぼくには「?」である。あの話はなにか変だ。はっきり言って面白くない。『It』の印象があまりよくなかったせいか、その後のキングの作品も、なにかぱっとしない印象です。いま、キングの作品で読みたいのは、『It』以前に書かれた『ザ・スタンド』だが、これまた恐ろしいほど分厚く、長く、なんとなく手を出したくない感じがある。で、まだ味読である。
 はじめて読んだキング作品は『呪われた町』だった。それから『シャイニング』『ファイアースターター』『キャリー』『スタンド・バイ・ミー』『ゴールデンボーイ』『デッド・ゾーン』『クージョ』『クリスティーン』『ペットセメタリー』『ミザリー』『ランゴリアーズ』『ダークハーフ』『ニードフル・シングス』……まだあるけどもうやめます(笑)。たとえばR・バックマン名義のものもいくつか読んでいる。最新作は『小説作法』も読んでしまった。『It』以降は気に入らないといいながら少しは読んでいる。このいい加減さがぼくらしいところです。

 キングの描くホラー小説は、しかし、本当に怖いのだろうか。
 恐怖というが、ぼくは少しも怖いと思わない。少なくとも恐怖小説だと思って読んだことは一度もない。よくできたエンターテイメントだとは思う。これは間違いない。
 だが、恐怖という感覚とは少し違う。正統派恐怖小説的な『シャイニング』も特に怖いとは思わなかった。
 怖いというのなら、たとえば楳図かずおの作品の方がぼくは怖い。あるいは手塚治虫の生理的な嫌悪感を感じさせる物語の方が怖い。『怪談ばなし傑作選』という落語・講談の怪談ばなしのダイジェスト集を持っているが、これに収録されているお話は、夜半ひとりで読みたいとは思わない。いつかこのダイジェスト集の中にあるお話をひとつふたつ紹介したいと思っている。

 恐怖というのは生まれ育った文化的土壌に大きく左右されるというのは本当だと思う。前にWOWOWでキングの特集が組まれた時、キングの生まれ育った家が紹介されていた。だだっ広い場所にぽつんと建つ家を見たとき、素朴な日本人のぼくとしては、怖いというよりも変に開放感のある光景に拍子抜けした感じがした。
 日本人が怖いと感じる要素はもちろんひとつだけではないのだろうが、狭く、湿度が高いという点は、必要不可欠な感じがする。
 以前、一龍齋貞水さんがテレビのインタビューで、水がないとまるで怖くないと言っていた。水の流れる音、滴る音、こういったものが恐怖を盛り上げていく。水の要素を抜いて、怪談を語ってくれたが、あっという間に終わってしまった。実際、少しも怖くなかった。
 小説『リング』は面白いが怖くなかった(ごめんなさい)。だが、映画は怖かった。やはり水の存在が大きかった。『ほの暗い水の底から』は水が主役のような話だ。ハリウッド版の『呪怨』にも狭い家が舞台で、日本の狭苦しい風呂場の場面はひやりとさせられた。昔の怪談映画にも効果的に水は登場する。翻って、キングの描く恐怖というのは、ヒステリックな印象はあっても、からっと乾いていて、湿った怖さはまるでない。因果応報的な文化的土壌で育ったぼくは、やはり恐怖を感じにいく。

 久しぶりに、怖いマンガと小説を読んで、映画を見たくなってきた。

カテゴリ: 読書

テーマ: 文学・小説 - ジャンル: 小説・文学

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Posted on 2007/02/26 Mon. 23:06    TB: 0    CM: 0

隠し剣鬼の爪 秘剣あれこれ 

 先日テレビで『隠し剣鬼の爪』を見た。これは好きな映画です。作品が見事なことは言うまでもないので、あらためて誉めることはしない(笑)。
 非常に優れた作品であることを前提にして、誤解を恐れずに言うと、これはようするに『必殺』なんだと思う。さらに言うと、極めて格調高い『必殺』である(池波正太郎氏は仕掛人シリーズに《必殺》の文字は使っていないはずだ)。
 藤沢周平氏の秘剣シリーズはいくつか読んだことがあるが、この『隠し剣鬼の爪』は未読だった。今度の『武士の一分』の元になった『盲目剣谺返し』はかなり前、加藤剛さんの主演でテレビドラマ化されたものを見たことがある。実は藤沢作品を読むきっかけになったのは、ドラマを見たことだった。
 他にも『鬼走り』『虎ノ目』『さざなみ』『松風』とか色々秘剣があった。
『鬼走り』も好きな作品だった。これもテレビドラマ化されて、主演は萬屋錦之助さん。この人の殺陣は好きだった。この作品は、ドラマと小説でラストが違った。どちらが好きかといえば、テレビの方が好きだ。これはぼくの好みである。
『女人剣さざなみ』も好きな作品だ。これはドラマ化されていないが、いま素晴らしい女優さんが現れたから、彼女でドラマ化なり映画化すればいいのではないかと思う。南海キャンディーズの《しずちゃん》だ。

 映画や小説のなかには数多の秘剣が登場する。
 円月殺法、乱れ八相、上段霞切り、逆一文字切り、正眼崩し、波切り、水鳥、八重垣、山陰、月影の間合い、浮舟、逆風、逆抜き逆手不意打ち切り、馬の骨、飛刀草薙、病葉、変移抜刀霞切り、十文字霞み崩し、伊吹剣流影流れ、一の太刀――と、際限もなく出てくる。現実にあるものもあれば、架空のものもある。興味のある方は一度調べてみてください《って調べねーよ(^_^;)》。
 ひとつだけいうと、この中で逆風は本当にある。柳生新陰流の中にあるはずだ。以前、つみきみほさんの主演ドラマで実演しているのを見たことがある。迫力がありました。

 秘剣とか秘太刀とかいうがようするに型のことである。剣術の型――というようにぼくは理解している。もっとも素人のいうことだからいい加減なところで聞いておいてください(笑)。
 いい加減な話だということを前提にして言うと、相手が切りかかってくる、それをどのようにかわしてどのように切るか、あるいは相手が攻撃してくる前にどう切るか、平たくいうと刀の扱い方(動かし方、運動の方法)とでもいえばいいのだろうか。もしこのブログを読まれている方で、専門家の方がいらっしゃれば訂正してください(っていないよな~)。
 こういった型について、宮本武蔵は実戦の場では役に立たないというようなことを言ったらしい。これは津本陽氏も司馬遼太郎氏もエッセイの中で書いていた。
 司馬遼太郎氏は一種みもふたもないことも書いていて、ようするに一流を興した武芸者は自分の流派の宣伝もかねて、型に誇大な名前をつけたというのである。たとえば《コンジチョウオウケン(漢字に変換するのが面倒だからこのままで)》とか《地ずり八相》とか凄い名前がある。しかし、《コンジ……》はようするに上段からの打ち込みである。《地ずり八相》はつまり下段の構えだ。千葉周作という人はこういう誇大宣伝的な命名を嫌い、実にわかりやすいすっきりとした名前をつけた。面技十何手、胴技十何手とかそういう感じである。

 考えてみると、人間が刀――棒切れと考えてもいいかな――を手にして振り回す方法にそれほど色々なやり方があるとも思えない。相手よりも早く、相手の体に触れた方が勝ちなのだろう。ただ、真剣を使っての切り合いというのは早すぎても、刃筋が狂うために切れないものらしいから、ただ早いというのは意味がないらしい。
 しかし、自分の作った流派を、誇大に宣伝しようとしなかったという意味では、宮本武蔵も千葉周作も渾身の実用主義者だったのだろう。
 宮本武蔵は、こんなことを言っている。要するに拍子だと。リズムが大事だといっている。このあたりのことはいよいよ専門的な話になり、ぼくなどではどうしようもないが、つまり自分のリズムで戦うことが大切なのだと、そのように理解している。
 いつか五輪の書についても熱く語ってみたい……

カテゴリ: 時代劇

テーマ: ひとりごと - ジャンル: 日記

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Posted on 2007/02/25 Sun. 14:08    TB: 0    CM: 0

上々颱風とフジヤマ芸者的日本 

 はじめて上々颱風をみたのはテレビだった。1993年NHKBSで放送された『上々颱風祭り』丸々二時間。それではまりました。その前にWOWOWで1992年の『上々颱風祭り』が放送されたが、残念! これは見ていない。とにかくBS2で見て以来、病み付きになり、しばらく追っかけのようなことをしていた。あちこちのライブに出かけて行っては、踊り狂っていました。そういう過去もあったわけです(笑)。

 上々颱風そのものは、その前から知っていた。さすがに《紅龍とひまわりシスターズ》のころは知らないが、デビュー曲『流れのままに』がラーメンか何かのCMに使われたときに、
「あら、フォルクローレを演奏するバンドが出てきたのかいな」
 と、てんで勘違いな感想を持ったことがある(笑)。
 でも、名誉のために言いますが、あの曲――『流れのままに』はフォルクローレ的なニュアンスを持った曲ですよ。てか、日本民謡あるいは演歌とフォルクローレは、リズムは違うが使われる音階が同じであるため、メロディーが似てくるものなのだ……と、言わずもがなの言い訳はこのくらいにして、とにかくあのCMが、上々颱風と最初の出会いだった。CMに出ていたのは、伊藤かずえさんだったように思うが、これはちょっと自信がない。
 その後、まあ色々と紆余曲折――と言うほうどのものではないが、とにかく色々あって1993年の『上々颱風祭り』へと向うわけだ。
 NHKBSでたっぷり二時間、上々颱風を見て感じたことは、
「まるで外国人の見た日本のようだ」
 というものだった。和ものといえばたしかに和ものだが、それは「フジヤマ・芸者」的日本のようだった。これは決して悪口ではない。彼らの演奏する音楽は、日本音楽のきわめて優秀なパロディのようなところがある。そもそもバンジョーに三味線の弦を張って、それっぽい音を出そうというのが、いかにもな感じである。こういう感覚をぼくは好む。有体に言えば、大好きである。
 上々颱風のリーダーである紅龍の企みは、もしかすると超高度な冗談音楽の創造にあるのではないかと勘ぐりたくなる時があるほどだ。
 そうでなければ、日本人(アジア人)として無理のない音やリズムで創られ、しかも大衆音楽として広く認知される音楽の創造、そういったものを目指しているのだろうか。
 紅龍は喜納昌吉が沖縄から登場した時、相当ショックを受けたらしい。そういうインタビュー記事を直接目にしたことはないが、ある雑誌でそういった内容の記事を目にしたことがある。真偽のほどはわからない。しかし、もしそうなら紅龍の目指したものがわかろうというものだ。喜納昌吉がどういう存在であるかは言うまでもない。喜納昌吉は自身の血肉にもなっていた沖縄音楽を西洋楽器を使って仕立て直したのだ。紅龍もそれをしようとしているのだろうか。
 目指すところが高度なパロディか、それとも大真面目なのか、よくわからない。両方欲しいのかな(笑)――そうであっても、少しもかまわない。というかその方がぼく好みではある。

 ちょっと余談になるが、その昔、タモリが『戦後日本歌謡史』というアルバムを出したことがある。全編、戦後を様々に彩った歌謡曲のパロディなのだが、これが絶品だった。こういうセンスが好きだ。たとえば戦後に流行った『りんごの唄』という唄がある。タモリはこれを『珊瑚の唄』というパロディにした。
「赤いりんごに唇よせて、黙ってみている青い空~」
 と、これが元唄。タモリはこれを、
「赤い珊瑚に顔面ぶつけ、黙って潮吹くマッコウクジラ~」
 と、やってのけた。しかも、微妙にメロディを変えている。著作権の問題だろう。もしこの唄を知っている人がいれば、一度歌ってみてください。楽しいですよ~(^_^;)。
 タモリはコメディアンがだが、紅龍は一応ミュージシャンだ。だから彼は、真面目と不真面目の大きな両極の間を行き来している。

 上々颱風の魅力はなんといってもツインボーカルによるところが大きい。白崎映美と西川郷子のボーカルとパフォーマンスが、上々颱風の形を決めているように思う。
 二人とも、凄いボーカリストだ。
 白崎映美の《動》と西川郷子の《静》といえば、ちょっと格好をつけすぎかと思うが、ぼくはそういうイメージでとらえている。
 いつかダイナミックなものが好きだと書いた。そして、ダイナミックというのはようするに《静》と《動》だ。だから上々颱風はダイナミックだ。かつて雑誌か何かで、上々颱風の音楽を極上のダンスミュージックだと書いている記事を読んだことがある。本当にその通りだと思う。
 ああ、久しぶりに上々颱風のライブに行きたくなってきた。いまでも熱く楽しくチャンチキミュージックを奏でているのだろうか。確かめたくなってきた。本当に。

カテゴリ: 上々颱風

テーマ: 邦楽 - ジャンル: 音楽

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Posted on 2007/02/24 Sat. 21:27    TB: 0    CM: 0

ちあきなおみと“ビリー・ホリディ” 

 先日、誰ピカで見て以来気になって仕方がないちあきなおみさんについてこんな記事を発見しましたので(笑)、興味のある方はどうぞ。

  『ちあきなおみのビリー ホリディ

 まさかちあきさんがビリー・ホリディを演じていたとは……見たかった。

カテゴリ: 音楽

テーマ: JAZZ - ジャンル: 音楽

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Posted on 2007/02/24 Sat. 17:17    TB: 0    CM: 2

ぼくとギター・マニタス・デ・プラタの血統 

 そして、フラメンコギターが欲しかった……ってなあ(笑)。

 ギターを教えてくれたお兄ちゃんは色々なレコードを聞かせてくれた。ギター音楽が多かったのはもちろんのことである。この人が後に演歌歌手になることは以前にも書いた。だから、いわゆる歌手のLPもたくさん持っていた。その中に、ぼくのディオス長谷川きよしやホセ・フェリシアーノといったギター系(勝手な命名です)のミュージシャンはもちろんのことだが、いわゆるフォーク歌手のアルバムがたくさんあった。岡林信康、高石友也、三上寛、五つの赤い風船、赤い鳥、吉田卓郎、泉谷しげる、斉藤哲夫、ジャックス(ちなみにこのバンドのドラムはつのだ☆ひろです)等々――そうだ中山ラビという素敵なお姉さん(ほんとなら姐さん←この字を使うべきかも知れないが、あえて普通の字を使います)もいました。いつか、熱く語ってみたいと思いますが、今日は別……へへへ(笑)。

 マニタス・デ・プラタというギタリストがいた。銀の手という意味らしいが、この名前を知っている人は、もう少ないように思う(ピカソが絶賛したという人なんですよ)。
 しかしジプシーキングスという名前を知っている人はたくさんいると思う。マニタス・デ・プラタの歌手をしていたホセ・レイエスの息子たちがジプシーキングスである。マニタスの甥もいたというから、ようするにジプシーキングスは親戚知人一同で結成されたバンドだったのだ。その後、メンバー交代してるが、基本的な部分は変わらないだろう。彼らはマニタス・デ・プラタとホセ・レイエス、ロマの伝統を受け継ぐ者たちということにまちがいはない。

 マニタスは実際、凄いテクニシャンだったと思う。ジャンルとしてはフラメンコというカテゴリーに分けられるが、フラメンコではないと思う。以前にも書いたことだが、フラメンコを特徴づけているコンパスというリズムを、マニタスは無視した演奏をする。というか、そんなものは最初から知らないのかもしれない。だからこれはマニタスの音楽だろう。
 ジプシーキングスが世に出てきたとき、パコ・デ・ルシアが、
「彼らはスペイン人でさえない」
 と、いうようなことを発言をしていた。実際に、マニタス~ジプシーキングスは南フランス在住のはずだ。その前に、パコは彼らの音楽はフラメンコではないというような発言をしていたと思う。もう少し詳しく説明すると、パコがそういった発言をしたという記事をある雑誌で読んだということだ。その雑誌はジプシーキングスがあたかもフラメンコのように語られることに悲憤慷慨していた。あれはフラメンコではないから駄目的な記事が多かったように思う。どういう立場でなにを支持し、なにを批判するかは自由だから別にかまわない。ただぼくは何も批判することはないと思う。楽しめばいいことなのだと思う。ヒッチコック風に言えば、
「熱くなるなよ、たかが音楽じゃないか」
 と、いうことだ。
 ぼく的にはフラメンコでなくても少しもかまわない。楽しく、熱くしてくれるなら、マニタスでもパコでも、木村好夫さんでもかまわない。木村さんのギター、アントニオ古賀のギター、いずれも大好きだ。本当です。
 それこそ、民族音楽から現代音楽、ロックからラテン系、歌謡曲から演歌、フォークソングからニューミュージック、ジャズからシュージョン、ソウルからヒップホップまで、好きなものもあればちょっとあわないなあと思うものもある。ようするにジャンルは関係ない。

 ただそう思う一方で、頑なにひとつの伝統を守り続けてくれている人々がいることは、ありがたいことだと思っている。先のフラメンコの話でいえば、フラメンコっぽい音楽を演奏するジプシーキングスに対して、批判に近い発言をしてでも、本物のフラメンコについて知ってもらおうという人々がいることは、ある意味で心強い。そういう人々のおかげで、ひとつの伝統が守られていく――と、いうことがあるのもたしかだと思うからだ。世間一般が誤った認識を持っている場合、それを修正するために、ひとつの伝統を守っていこうと思う人々の発言が、多少際どくなっても、まあいいかなと思ってしまう。
 実際、本物のフラメンコとジプシーキングスの演奏はまるで違うものである。コンパスの有無は、同じ音階、ハーモニーを使っていても、これほど違う印象を与えるものかと思うはずだ。伝統の偉大さだ。
 しかし、何度もいうが、だからジプシーキングスは駄目だということでは、決してない。最後の最後は、心地良いかどうかだと、ぼくは思っている。

 パコ・デ・ルシアはこんなことを言っていた。
「片手に伝統、片手に革新」
 つまり、天才の彼でさえ、新しいことをしようとするときは、けっこう風当たりが強いものらしいということを、この発言は物語っているように思うのだがどうだろう。
 パコが世界的に広く認知されるきっかけが、アル・ディメオラと演奏した『地中海の舞踏』だとするなら、それは彼が愛して止まないフラメンコではなかった。この事実は重要だと思う。
 話をマニタス・デ・プラタに戻すが、一聴き手であるぼくにとってジャンル分けは単なる知識でしかない。音楽――あるいは芸術表現――は、体感するものだから、ジャンルがなんであっても、フラメンコであろうがなかろうがちっともかまわない。マニタスは素晴らしいギタリスト、それだけで十分だ。ちなみにこの人は文盲だったらしい。天才なんだね。

マニタス・デ・プラタ

カテゴリ: 音楽

テーマ: おすすめ音楽♪ - ジャンル: 音楽

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Posted on 2007/02/23 Fri. 19:04    TB: 0    CM: 0

映画は音楽……ン? 

 敬愛してやまない黒澤明監督は映画という表現形式は音楽に似ているといった。これほど説明に不向きなジャンルはなく、だから、感じることが大切なのだという。その黒澤明監督の大親友、故淀川長治氏(中ちゃんがいつもBlogの最後に使う「さよなら」「さよなら」「さよなら」の元祖ですね)は、映画は感覚の勉強にいいと言っていた。黒澤明の感覚。『生きる』のラスト、志村喬がブランコに乗って「ゴンドラの唄」を歌う場面。志村喬が揺れるブランコに乗っていたことの凄さ――言い換えれば主人公を揺れるブランコに乗せた黒澤明の感覚の凄さをどうして理解しないのかと、半ば嘆きともとれる思いを、淀川さんは何かに書いていた。

 たしかに説明過多の映画はつまらない。しかし、タルコフスキーの映画のように思い切り説明なし、感じてくれればそれでいいというのも、これはこれで見ていてしんどい時がある。タルコフスキーは凄い監督なんですよ。理解できないのは、ぼくの勉強不足です。ちなみにこれも淀川さんが書いていたことだが、芸術を理解するには格闘がいるということ。格闘して理解した時大きな喜びがあるということである。そのとおりだろうと思う。そうでなければ、難解な映画が決してなくならない理由がわからなくなる。

 感じる映画というのなら、『さすらいのカウボーイ』という映画があった。『イージーライダー』の後でピーター・フォンダが監督した作品で西部劇だ。ストーリーはどうということもない。放浪に疲れた男が、故郷に戻るがかつての仲間のために再び旅に出るという、言ってしまえばありふれた筋立てだ。画期的だったのは、その映像処理である。とても口では言えませんm(__)m。いわゆるニューシネマなんでしょう。1971年当時はスタジオ側との確執などがあり、上映されたのは完全版ではなかったらしい。って完全版でなくてもこりゃ相当のものでした。とにかく30年目にしてようやくディレクターズカット版が上映されて海外の映画祭で絶賛されたという。

 ぼくはたった一度だけ、不完全版を見たことがある。もうずいぶん昔の話だが、それでもその強烈な映像は記憶に残っているから、やはり大したものなのだろう。不覚なことに、完全版があることを最近ようやく知った次第だ。一度ゆっくりと見てみよう。もし興味のある方はどうぞ。娯楽作品ではないかもしれないが、いっちょう格闘してみませんか(笑)。ぼくは覚悟を決めました。大格闘してみようと思います。

カテゴリ: 日記

テーマ: 映画感想 - ジャンル: 映画

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Posted on 2007/02/22 Thu. 23:20    TB: 0    CM: 0

怖い話し 

 読んでいて、なんとなく嫌な感じがした話がある。都筑道夫さんのエッセイにあった話で、それはある作家の子供時代の思い出だった。もう少し詳しくいうと、都筑道夫さんが別の作家のエッセイで読んだ話だということだ。
 内容はこうだ。その作家が子供の頃、橋の上から川面を見ていると、川の底を子供が歩いていたというものである。一切の説明がない。都築さんも説明していない。ただ、推測らしいものはしている。そのころ(明治時代だと思う)東京では大水が出ると、子供が流される事故が多く、件の作家が目撃した川の底を歩いていた子供というのも、そういう水害の犠牲者ではないのかということだが、結局のところはよくわからない。
 ぼくが怖いと感じる話は、こういう話だ。すっきりとした説明がつかない。
 たとえばある場所に幽霊が出るという話があるとする。そこでかつて殺人事件とかひどい事故があったとか、そういった説明がある場合は、不気味ではあっても怖いとは感じない。
 しかし、次のような話は怖い。



 ある主婦の話。
 彼女は専業主婦である。昼食の後、眠くなってきたので、少し眠ることにした。旦那は仕事に行っている。子供はいない。
 彼女は和室で眠った。
 どれくらい眠っただろうか。
 彼女は目を覚ました。
 目を開けたとき、脚が見えた。
 スーツのズボンをはき革靴をはいた二本の脚が、眠っている彼女の足元を、行ったりきたりしている。
 彼女がどれほど驚いたか、言うまでもない。
 泥棒?
 最初はそう思ったらしい。
 目が覚めていると知られれば、殺されるのではないか。そう思った彼女は目を閉じた。
 しかし、恐怖とは別に、すぐに奇妙なことに気づいた。
 足音がしないのである。
 彼女はおそるおそる目を開けた。
 脚は消えていた。
 彼女はさっきまでの恐怖も忘れて体を起こした。
 目を閉じてから開けるまで、二十秒もなかったかもしれない。
 脚が誰のものであれ、部屋を出て行くような時間はなかったはずだ。第一、音がまるでしなかった。
 彼女は畳を調べてみた。土足で歩いていたはずなのに、畳は少しも汚れていなかった。
「怖くなかったですよ、ほんとに――」
 と、彼女は言っていた。しかし、こうも言った
「脚だけでしたね。その上は何もありませんでした」

 彼女たちはそのアパートで五年間暮らした。奇妙な出来事があったのは、その一度だけだという。脚を見た後も、別に悪い出来事がおきたわけでもない。彼女たちは平穏に過ごし、マンションを買って引っ越した。ようするに彼女は、ただ見ただけなのだ。

 説明のつかない話である。
 こういった話がぼくは怖い。
 この種の話には、因果応報的な説明がついている場合が多い。しかし、突発的な事故のように、奇妙な出来事に遭遇するという感覚が、不安をかきたてる。
 都筑道夫さんはこんなことも書いていた。
「書いた小説があらかたモダンホラーだった作家が二人いる。岡本綺堂と内田百だ」
 その内田百先生の原作によるひたすら怖い映画がある。
『ツィゴイネルワイゼン』
 内田先生の『サラサーテの盤』をもとにした映画である。

カテゴリ: 日記

テーマ: 不思議な出来事 - ジャンル:

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Posted on 2007/02/21 Wed. 21:05    TB: 1    CM: 0

機動警察パトレイバー・一流と二流 

『アラビアのロレンス』という映画がある。もちろん誰でも知っていると思う。
 この映画について映画評論家の故淀川長治氏が面白いことを言っていた。タイトルを見たとき、自分は当然見渡す限りの砂の海、すなわち砂また砂の砂漠の風景から映画は始まるものと思っていた。ところが、見てびっくりした。最初に映し出されたのはコンクリートの地面である。そこにオートバイが置いてあり、そのオートバイに乗って走り出す男がいる。そして、事故……と、こんな感じであの映画ははじまった。
 これを見たとき淀川さんは、
「ああ、自分はやはり二流だな」
 と、思ったという。冗談だろうと思うが、そういうことを書いていた。
 やっぱり一流というのはちがうものだと思う。
《アラビア=砂漠》という大方の予想を裏切って、いきなりコンクリートの地面が映し出された瞬間、もう客は物語に引き込まれてしまう。
「あれ?」
 と、思った瞬間にそこから目が離せなくなってしまう。

 で、ぼくの友人に好きな映画やドラマのパート2を勝手に作ってしまう変なやつがいる。作るといっても本当に映画を撮ったりするわけではないがシナリオやシノプスは書くこともあり、いくつか見せてもらったことはある。
 面白いと思うものもあったし、こりゃどうもというものもあった。
 比率は1:4というところか。面白いもの1に対して、つまらないものが4。あまり率はよろしくない。
 その友人が『機動警察パトレイバー』の劇場版が公開されたとき、えらく気に入り、れいのごとく自分でパート2をつくってしまった。このときはストーリーを聞かされただけだった。
 友人によればパート2のテーマは《戦争》だといういことだった。友人の作ったストーリーによれば、パトレイバーの面々が海外に派遣された自衛隊の後方支援に借り出される。目的は後方支援だが、場所は戦地だ。いくら後方支援といっても、それがすんなりと通るほど戦争は甘くない。「特車二課」のメンバーは否応なく戦争に巻き込まれていく。
 と、まあそんな感じの話だった。ありがちな話だとは思ったが、戦争がテーマだという点が少し面白いと思った。

 そうこうしているうちに、本当の『機動警察パトレイバー』のパート2が公開された。
 驚いた。たしかにそれは戦争がテーマだった。その点では友人に先見の明があったというべきだろう。
 しかし、さすがは押井守さんです。
 テーマは戦争でも、他国の戦場ではなく、東京でクーデターが発生するという物語だった。言ってみればそれは日本を戦場にする物語だったのだ。
 ずいぶん重い話だった。なにせパトレイバーという物語の要になる人型汎用機械がほとんど出てこないのだ。パトレイバーの活躍を気軽に楽しめるような作品ではなかった。
 それでも、これは名作だと思う。むろん、好みの問題はあるだろう。だが、戦場は常に遠くにあると思っているぼくたちに、そんなことはない意外に近いところにあるよ、
「ほら、君らの足元にあるんだ」
 と、耳元で囁かれるような不気味さがあった。
 そう言えば、この作品にはユーモアが極端に少なかった。パトレイバーといえばユーモアあふれる作品というのがぼくの認識である。
 ところがこれはまるでポランスキーの作品を見るような、一種の苛立ちともどかしさ、そして、暗さ――そういったものがいたるところに存在して、重たいことこの上もない。画面の隅々にまで不気味さが漂っているような作品だった。もちろん、押井守は意図したことだろう。
 やはり押井守は超一流だと思う。件の友人はやはり二流です。というかアマチュアです。天才が身近にいたという話はよく聞くが、彼の負けですね(笑)。別にこう書いても友人は怒らない。横には彼がいて深く頷いている。自分の負けを潔く認めています。ほんと、いまここで……(^_^;)。
 余談ながら、ぼくはこの『機動警察パトレイバー』という作品が大好きだ。
 なかでもやはりいいなあと思うのは、一番最初に出たOVAの七本だ。

カテゴリ: アニメ・映画

テーマ: アニメ・漫画 - ジャンル: アニメ・コミック

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Posted on 2007/02/20 Tue. 20:14    TB: 0    CM: 0

丹下左膳の闇……なーんてね(笑) 

みなさん、ようこそ(*^^)v




 前に丹下左膳の過去は描かれなかった方がよかったと書いた。あくまでもぼくの個人的な気分の問題である(笑)。
 過去を語ることが必要な主人公もいる。木枯し紋次郎、眠狂四郎、ウルフガイ犬神明等々、そうだビリー・ザ・キッドだって自分の大切な母親を侮辱した男を刺殺したという過去が、その後の伝説に説得力を与えている(実際にはそうではないらしいからやはり伝説だね)

 多くの娯楽ドラマの主人公、自在した人物であってもすでに伝説と化している人物たちは、出自が、あるいは彼(彼女)がなぜそういう生き方を選んだのか、それを語ること自体がひとつのドラマになるという構造を持っている。
 丹下左膳はそうではない。登場したそのとき、丹下左膳の体には、すでに物語が刻み付けられている。かつて命に関わる怪我を負った過去があることは、その姿を見れば十分わかる。これ以上なにも語る必要はないとぼくは思う。語れば安っぽくなるだけだ。
 丹下左膳は失った片目と片腕のかわりに、無限の強さを付与されたのだと、ぼくは思っている。

 勝新太郎の座頭市のテレビシリーズの最終回を思い出す。きわめて評判が悪かったが、監督勝新太郎の視点が面白かった。『夢の旅』たしかそんな副題がついていたと思う。この最終回、座頭市は目が見えるようになる。それは結局、夢だったのだが、視力を取り戻した座頭市は弱くなってしまう。つまり、そういうことだ。

 ちょっとだけ気取って言うと、次のようになる(ーー;)。
 丹下左膳は闇を抱えている。それも深く、底の見えない闇だ。その闇の深さが、丹下左膳の強さに説得力を与えている。無限の魅力はそこにある。ぼくにとってはそうだ。闇に光を与え、丹下左膳がいったい誰に片目と片腕を奪われたのか、明らかにしてしまっては、強さは失われる。
 だから、過去は描かれなかった方がよかったと思うのだ。




 それから、こちらもどうぞ→『Gitanの趣味Ⅱ

カテゴリ: 時代劇

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Posted on 2007/02/19 Mon. 00:03    TB: 0    CM: 0

続ちあきなおみ、今度は春日八郎だ 

 昨日のちあきなおみさんを、まだ引きずっています。ほんとうによかった。諸般の事情で録画できなかったのが残念(T_T)。
 そんなわけで、引き続き歌謡曲の話を。

 春日八郎――。
 この人は大好きです。同時期の人に、三橋美智也、村田英雄など昭和歌謡界の巨人がいるが、声的にはこの春日八郎が一番好きだった。
 春日八郎の声をひとことで言えば、とにかく美声だ。張りがあって声量があって、まったく涙ものの声である。しかもこの人は東洋音楽学校(現東京音楽大学)を出ている。音楽的にしっかりしたものを持っていた。
 多くのヒット曲がある。さすがにぼくは若いですから(笑)その全てを聞いたわけではない。

『赤いランプの終列車』
『お富さん』
『別れの一本杉』
『山の吊橋』
『あんときゃ土砂降り』

 まだまだあるがこれ以上はインターネットでも何でも調べてみてください(^_^;)。
 このあたりの曲は、聴いたことのある人がわりと多いかもしれない。春日八郎は知らなくても『お富さん』は知っている人も多いだろう。曲を聴けば「ああ、あれか」と思うかもしれない。
 ぼくは『赤いランプの終列車』が一番好きだ。これは名曲です。あるいは春日八郎の名唱というべきか。時代が時代だ。ゆっくりとした曲が多いが、この『赤いランプの~』はアップテンポの曲だ。

 ちあきなおみつながりで言えば、『別れの一本杉』をちあきさんがカバーしている。いいです。ほんとうにいい。泣けます。ほんとだって。
 ちあきさんは西田佐知子の『アカシヤの雨がやむとき』もカバーしている。
 いずれの曲も大げさではなく歴史的な名曲だと思っている。
 歌謡曲の場合の名曲というのは、たとえば『別れの一本杉』なら春日八郎、『アカシヤの雨がやむとき』なら西田佐知子と、曲と歌手の出会いによって成立するとぼく的には考えている。その人以外にはちょっと歌えないかな、仮に歌っても積極的に聞きたいとは思えないな、と感じさせる曲が多い。だからたとえばその人の持ち歌ではなくても、その人にあった楽曲なら、本家を無視して売れてしまうことだってあるのだ。
 たとえば『与作』。いまや北島三郎さんの曲みたいだが、最初に歌ったのは、あの弦哲也(『天城越え』の作曲者)だった。あの曲を作曲したのは一般人であることを知っている人も多いかと思う。たとえば『漁歌』だって、ぼくが最初に聴いたのは北原ミレイさんだった。

 それはともかく、『別れの一本杉』も『アカシヤの雨がやむとき』もちあきさんは見事に歌ってしまった。ちあきさんで聞いてもいいと思えるほど沁みてくる。特に『アカシヤの雨がやむとき』は、まさか西田佐知子以外の歌手が歌えるとは思ってもみなかった。
 そういえばちあきさんは『カスバの女』も歌っていたような気がする。中ちゃんも歌ったあの名曲。ステージで歌ったかどうかは知らないがCDには収録されていたはずだ。この曲を、ぼくが最初に聴いたのは沢たまきさんで、これはもちろんカバーだ。

 昭和二十年代の終わりごろから、昭和三十年代にかけては名曲がいっぱいある。
 もし、まだ一度も聴いたことがない人がいれば、どうぞ聴いてみてください。そんはさせません(笑)。
 ほんとだって。
 だって中ちゃんだって、昭和歌謡の匂いを濃厚に持ってるでしょう。
 中ちゃんが好きで、ちあきなおみに感動できる人なら、全部とは言わないが、必ず胸にぐっとくる曲があると思う。

カテゴリ: 音楽

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Posted on 2007/02/17 Sat. 20:55    TB: 0    CM: 0

ちあきなおみ……歌謡曲がいい 

 誰でもピカソで「ちあきなおみ」の特集を見て、やっぱり戻ってきて欲しいと思う。
 ぼくが最初に知ったちあきなおみさんは長い付け睫毛と厚化粧、ミニスカートで『四つのお願い』や『X+Y=Love』なんかを歌ってるお色気歌手というイメージだった《ちあきさんのファンの方ごめんなさいm(__)m》。だって子供だったんだからさ、仕方がないよね。

 印象が一気に変わったのは、やはり『喝采』だった。
 その物語性の強い歌詞に驚き、その歌唱力に唖然とした。
 ほんと、絵が浮ぶんです。映画みたいなんです。映画の一場面を歌っているみたいな曲だった。
 恋人を捨てて唄にかけた女性の悲しみが、子供だったぼくの胸を打ちました。栄光と引き換えになくすものがあるということ、手に入れるものが大きければ大きいほど、失うものも大きいということを感じさせてしまう、そういった曲だった。
 日本歌謡曲史上もっともドラマチックな曲だと言ったのは、レコ大か何か、とにかくそういった歌番組の司会のアナウンサーではなかったろうか。あるアナウンサーの名前がいま浮んでいるが、確信が持てない。
 とにかく、『喝采』がなければその後の麻生よう子の『逃避行』もペドロアンドカプリシャスの『5番街のマリーへ』もなかったような気がする。

 ちあきなおみという人は、ほとんどオールマイティな人だった。何せ『朝日の当たる家』まで歌っている。浅川マキさんも歌っているこの曲を、しかし、考えてみればちあきなおみさんが歌うことは不思議ではない。あれだけの歌唱力だもの、その気になればなんだってできます。
 と、書いたところで、今テレビを見ていて驚いた。これ浅川マキさんの訳詩をそのまま使ってるんだ。浅川マキさんの歌う『朝日の当たる家』が収録されているLP(CDじゃありません)は持っている。
 低く、小さく、枯れた感じで歌う浅川マキさんの歌唱とは違うが、いいなあ……ほんとちあきさん。最高だよ。
 ひとつだけ、歌詞で勘違いしていた。
「わたしが生まれたのは……」
 だと思っていたが、
「わたしが着いたのは……」
 だったんだ。
 ポルトガルのファドも歌っていたはずだ。『待夢』というタイトルのアルバムだったと思う。日本のアマリア・ロドリゲスにだってなれたはずだ。もし歌っているのなら『暗い艀』を聞きたかった。

 我らが中村中ちゃんがちあきなおみさんのファンであることは有名な話だ。
 ぼくは歌謡曲が大好きだ。というか、一番多く聞いていたのが歌謡曲だった。
 いつのまにか歌謡曲というジャンルがなくなってしまった感じがする。考えてみると、それも仕方がないことなのだろう。歌謡曲というのは、音楽における玄人と素人の区別がはっきりしていた時代のものだという気がする。素人と玄人の境界線が曖昧になったいま、歌謡曲が消えていったのも仕方がないことだと思う。だってカラオケ屋さんに行くと、玄人裸足の素人がいくらでもいる。最近は、素人裸足の玄人がいくらでもいるといったのは、藤島一郎さんだったかな。
 いまは時代が違う。
 どんなジャンルでも裾野が広がることは決して悪いことじゃない。
 誰でも参加できるから、その中からもの凄いのが出てくる。素人ぽくても個性が尊重される時代なのだ。それは全然悪くない。
 でも、たまにはこりゃプロだねという人の唄も聞いてみたい気がする。
 ちあきなおみさんを聞いていて、よけいにそう思った。

 中ちゃん、期待してます。

カテゴリ: 音楽

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Posted on 2007/02/16 Fri. 22:54    TB: 0    CM: 0

南正人がやってくる 

 ぼくが南正人というひとを初めて知ったのは、長谷川きよしを通してだった。最初に聴いた南正人の唄は、だから本人の唄で聴いたのではなかった。
『こんなに遠くまで』
 この唄を歌う前に、長谷川きよしが、
「南正人さんの曲です」 
 と、言って紹介した。
 胸が締め付けられるような曲だった。掛け値なし、本当に名曲です。
 この曲に関しては、もうひとつ思い出がある。
 平井和正氏の『人狼戦線』の中で、主人公犬神明がふらりと入った店で、この曲を聴く場面がある。太った女性ボーカルが歌っているという設定だったと思う。歌詞もちゃんと紹介されていた。
 長谷川きよしというひとは南正人という人がよほど気に入っていたのだろう。ずいぶん昔に出版された楽譜集の中に収録されているインタビューでも南正人の曲について、
「『濡れたふりなどさらさらに、まして乾いたふりなどは』という言葉が凄い」
 ということを言っていた。
『TRAIN BLUE』という曲の中のフレーズだ。真っ黒い機関車になって走り続ける男を歌った曲だ。
 このアルバム『回帰線(LPです)』は持っている。
 収録曲は以下の通り。

1.TRAIN BLUE
2.夜をくぐり抜けるまで
3.こんなに遠くまで
4.海と男と女のブルース
5.It Can't Be Over
6.愛の絆
7.青い面影
8.悲しみ忘れた悲しさ
9.果てしない流れに咲く胸いっぱいの愛
10.ジャン
11.青い面影
12.ヨコスカ・ブルース
13.赤い花

 中でも『ヨコスカブルース(海と男と女のブルース)』『こんなに遠くまで』『夜をくぐり抜けるまで』、そして『ジャン』――この曲は破壊的な名曲だ――このあたりは本当にいい。
 このアルバムは1994年にCD化もされている。その気がある方は一度聞いてみてください。そんにはなりません(笑)。

 南正人という人は、ヒッピーとかフーテンとかそういった言葉が似合う雰囲気を持っている。70年代というか、とにかく前世紀のある時代の懐かしさを感じさせる人だ。そのくせ、いつまでも古びない新しさもある。
 実際に曲を聴いてもらえばわかると思うが、作曲家として非凡な才能のある人なのだ。

 上海帰り 
 わたしのブギウギ
 オーエンジェル

 名曲は他にもいっぱいある。
 昔あった小さなライブハウスで『オーエンジェル』をカバーしているサングラスをかけたミュージシャンを見たことがある。良かったですよ。誰が歌っても名曲は名曲なんだねえ……。
 その南正人がやってくる。家の近所にあるお店にライブにやってくるのだ。彼が歌い続けていることは知っていた。できればずっとずっと歌い続け、いい曲をたくさん書いてもらいたいと思う。

 南正人に興味のある人はこちらへ→南正人オフィシャルウエブサイト



カテゴリ: 音楽

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Posted on 2007/02/16 Fri. 07:58    TB: 0    CM: 0

小説の書き方 2 

 すこしだけ、色気はあった。
 S・キングは正直に徹することだと書いていたから、正直に徹することにする(笑)。
 この前、小説作法的な本はかなり読んだと書いた。その動機である。読み物としての面白さというのは、もちろんある。
 しかし、それだけではない。もし、この種の本を読んで、小説とかが書けるものなら、別に書いてみても悪くはない。野心はなくても、もしかしたら宝くじを買うような感覚で書いてみて、もし書いた小説があたれば、こんないいことはない。まずはお金が入る。それから有名人になれる。有名人になれば、ぼくのすきなあの人やこの人に会うこともできるかもしれない。
 そう、もしぼくの書いた小説が世に出ることがあれば、あるいは……しかし、宝くじを買うのと小説を書くことの最大の違いは、宝くじは買うだけですむが、小説はとにかく書かなければならないということだ。ここが最大の難関なのだ。書けないんですよ。簡単には。

 そこでこう考える。
 もし、この世の中に、完全な小説の書き方のマニュアルがあれば、最大の難関も何とかクリアすることができるかもしれない。
 が、結論はこの前も書いたとおりである。完全な小説の書き方などというものは、そもそもこの世の中に存在しない。もしどうしても欲しければ、自分の書き方を編み出すしかない。たぶん、自分なりの小説の書き方が完成した暁に、世に問える小説が書けるのなのかもしれない。

 小説の書き方にマニュアルはないが、シナリオにはそれらしいものがあるということは何となくわかった。
 シナリオ作法の類もかなり読んだ。それでわかったことだが、小説とシナリオはまるで違うものらしいということである。
 映画は時間の芸術だといわれる。
 確かにそうかもしれない。思いつくまま気の向くまま、延々と上映することができない以上――まあそれに近い映画もあるが――その設計図たるシナリオも120分からせいぜい160分以内でおさまるようなものでなければならない。
「なまじの文才よりも因数分解」
 と、これはぼくが改竄した。
 出所はジェームス三木さんで、氏はこう書いていたはずだ。

『なまじの文才よりも数学的才能』

 シナリオは計算の要素が大きいらしい。
 宝島社がだしたシナリオ技術の本で、アメリカのシナリオ技術についてこんなことを書いていた。
 1ページを一分で計算する。つまり120分の映画なら120ページということだ。この本を読んだあとで映画をみると、なるほどと思うことが多かった。詳しい内容については、またいずれ触れるとして、つまりシナリオには、
「これこれこういうふうにすれば少なくとも最後までシナリオを完成させることはできる」
 という手引書みたいなものはあるようだった。
 日本のシナリオ技術の本でも、だいたい八つくらいの出来事を設定して書きなさいというようなことが書かれていた。これは映画の話。テレビの方はまた違う。野沢尚氏の本も読んでみたが、なるほどと思った。これも読み物として面白い。
 ただ、そうしたからといって売れるシナリオが書けるかどうかはまた別の話だということは、いくらぼくでもわかる。しかし、とにかく途中で空中分解する危険性は、小説に比べれば低いように思う。
 シナリオだろうが小説だろうが、最後の最後は計算ではどうにもならないところがある。だって芸術なんだもの。

 小説のややこしさはそういった手引書みたいなものがないことだと思う。
 小説と名のつくものは、どんな小説でも、まったく自由な表現形式だと思う。司馬遼太郎氏が小説という表現形式の頼もしさは、マヨネーズを作るほどの厳密さもいらないことであると書いていた――ということは、このブログをはじめたころに書いた。そのとおりだと思う。
 たとえばミステリー。アイラ・レビンは、若干二十四歳のときのデビュー作『死の接吻』で、まったく規格外のことをやってのけた。犯人はわかっている。最初からわかっている。しかし、わからない。詳しくは言いません。気になる人は一読を。とにかくそういうとんでもないことをやってのけた。
「なにをどんなふうにしようが、それはあなたの自由です」
 そう言われるとかえって難しい。ある程度の枠があるほうが楽だ。
 半村良氏はエンターテイメント小説について、
「何事も人を楽しませる業は、びびらずに思い切ってやること」
 と、書いていた。
 でもねえ……思い切ってやることって難しいのよ。ほんと。
 そういう意味ではマンガも似ているかもしれない。マンガも自由な表現形式だ。小説を軽々とこえるくらいの自由度がある。
 手塚治虫氏が書いていた。マンガはなにを描こうが自由だ。ただ、基本的人権を踏み外してはいけない。

カテゴリ: 日記

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Posted on 2007/02/15 Thu. 23:35    TB: 0    CM: 0

ぼくとギター・長谷川きよし、唯一無二 

 NHKBS2で放送された『フォークの達人』で長谷川きよしさんを見た。バックはフルートとパーカッションだった。
 この編成は、ぼくがはじめて生で見た長谷川きよしさんのライブと同じ編成だった。当時のフルートは、おそらく中谷望さんだったと思う。パーカッションはあの斉藤ノブさんだ。
 この斉藤ノブさんはアルバム『街角(もちろん長谷川きよしさんのアルバムです)』の中に収録されている、名曲「ヨコスカブルース」の中で渋いボーカルを聴かせてくれている。
 長谷川きよしさんがあの頃と少しも変わっていないとは、もちろん言わない。
 衰えたという意味では全然ない。あのころのままどころか、ボーカルもギターもあのころよりも進化していた。
 これは1993年の名盤『アコンテッシ』を聴いたときにも感じたことだが、ほんとうにデビューのころよりも、断然うまくなっているのである。
 デビューの時、すでにして圧倒的なボーカル力と当時の水準からすると突き抜けたギターテクを持っていたのだ。それが時代とともにさらに進化していく。御歳58歳になられてもこれです。凄いです。この人は枯れない。枯淡の境地などどこ吹く風で、60代、70代、さらに80代、ええい90代でも、新たな展開を見せてぼくらを楽しませていただきたいものです。

 かつて、長谷川きよしさんはこんなことを言っていた。
「ぼくのギターは決してうまくない。ただ弾き方が個性的なんだ」と。
 断っておくが、これは非常に高いレベルでの話だ。たとえば、山下和仁やパコ・デ・ルシアに比べれば、それはうまくないでしょう(笑)。
 長谷川きよしさんはこんなことも言っていた。
「ギターだけの演奏と唄の伴奏は全然違うもので、ギターの演奏がうまいからといって、必ずしも唄の伴奏がうまいわけではない」と。
 たしかに長谷川きよしと同等のテクニックを持ったギタリストもうまいギタリストもいるだろう。
 しかし、歌いながらあれだけ弾ける人となると、すくなくともぼくは知らない。
 昔は何かと比較されたホセ・フェリシアーも凄いギターテクを持っているが、長谷川きよしさんのギターとはまるで別物だという気がする。ジャンルは違うがジョージ・ベンソンも歌えるギタリストだ。が、やはりきよしさんとはタイプが違う。
 圧倒的な歌唱力で歌いながら超絶技巧でギターを弾けるかだ。これを同時にこなさなければならない。
 長谷川きよしは類稀な歌唱力を持ち、しかも歌いながら超絶技巧的にギターを弾き、あれだけ複雑にギターを弾きながら唄っても、唄が少しも崩れないという、にわかに信じられないことをやってのける。
 長谷川きよしという歌手はようするに長谷川きよしという専属の唄伴ギタリストを持っているようなものなのだ。

 小室等さんがその昔ギター教室を開いていたころ、「別れのサンバ」をコピーして生徒さんに教えることになった。ギターはコピーしたものの、歌いながらこれを弾くということがとんでもなく難しかったと、以前ラジオで話しているのを聞いたことがある。相手は本田路津子さんだったろうか。
 断っておくがこれはデビュー当時の長谷川きよしさんのギターについて話していることだ。
「別れのサンバ」を、今のギターアレンジで弾いて歌うことは、おそらく不可能ではないか。少なくとも、プロが金を取れるレベルで、歌い演奏することはまず不可能なような気がする。
 ぼくもギターらしきものを弾く。ぼくの師匠だった親戚のお兄ちゃんが弾く別れのサンバを、指と目でコピーした(笑)。決して耳でコピーしたのではないところが、ぼくのいいところです(笑)。
 歌いながら弾くことはできる。しかし、それはただできるというだけのことで、リズムは狂う、唄は明後日の方向に音が外れる、別にプロじゃないからかまわないのだが、そりゃひどいものです(笑)。アップテンポの曲も難しいが、スローテンポの曲も難しい。いや、本当に難しい――「雨上がり」「ゆれてるゆれてる」「アモーレ・ミーオ」等々。バラードを弾き語るきよしさん、こりゃほとんど奇跡のような演奏です。
 やはり、長谷川きよしは唯一無二の存在なのだ。

 今回の編成はフルートがMAKIさん。パーカッションは仙道さおりさんだった。お二人とも美しく、可愛らしい女性の方で、時代の流れをそのあたりに感じた。
 ご存知の方も多いと思うが、MAKIさんは長谷川きよしさんのお嬢さんである。
 きよしさんがむすめさんと同じステージをつとめる。そこにも時代を感じた。

 そうだ、ひとつだけ長谷川きよしさんに勝てるギターテクをぼくは持っている。
 スリーフィンガー。きよしさんはこれができない(ニヤリ)……勝った。

『フォークの達人』についてこんな記事を発見しました。

長谷川きよしには林檎がお似合い

カテゴリ: 長谷川きよし

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Posted on 2007/02/14 Wed. 21:37    TB: 0    CM: 0

中村中……さよなら十代 

 中村中ちゃんが「さよなら十代、もう戻れないさ」と歌っている。
 ぼくが十代にさよならをしたのは、もうずいぶん昔のことである。黒澤明の三十郎シリーズに「椿三十郎、いやもうそろそろ四十郎ですが」と苦く笑う場面、あれが本格的に身にしみる年齢になってきました。気分だけはまだ十代、とはいわないが二十代なんだけどねえ。

 それはさておき、中ちゃんの唄を聴いていると、ずいぶん懐かしい気持ちになるのはなぜだろう。メロディが歌謡曲的で昭和の匂いを持っているからぼくのようなおじさんの胸に響く――と、いうことはもちろんあるだろうが、それだけでないように思う。メロディ、歌詞、歌唱力、それを表現するご本人の佇まい。そういったものが混然となって、ぼくの気分を懐かしい方へ止め処もなく傾斜させていく。よし、いつかじっくりと考えてみよう。

 十代の頃にあこがれた生きかたがある。現実的な意味では、ぼくは公務員になりたかった《なれなかったけど……(笑)》。
 しかし、それとは別に夢想していた生きかたがある。
 そうありたいという願望、もしくは象徴として――

『イージーライダー』
『木枯し紋次郎』
『赤い鳥逃げた』に登場する三人組。
『傷だらけの天使』の二人組み。
『新宿アウトロー、暴走集団71』の面々。
『フーテン(今度映画化される『黄色い涙』の作者永島慎二さんの作品です。名作ですよ)』

 アハハハハハ……馬鹿だねえ。
 でも、かなり真剣に考えていたんですよ。いや、ほんと。
「ああ、彼らのような生きかたができればなあ」
 と、紅顔の美少年(主観的幻想の中で)が、朝が訪れる寸前の青く澄んだ空気を眺めながら、漠然と考えていたのは事実だ。
 中でも『フーテン』に登場するサングラスのインテリフーテンには、かなり相当、憧れを持っていた。きっとインテリじゃなかったし、この先なれそうもないとわかっていたからだと思う。

 考えてみると、憧れたのは現実的もしくは精神的に家庭や故郷を捨てて放浪する連中ばかりである。
 ここではない何処かへの渇望――いえいえ、とんでもございません。そんな詩的な思いからでは、多分、なかっただろう。絶対になかったな(ーー;)。
 全てを捨てて放浪するという生き方に憧れるというのは、たとえば戦前の少年が大陸に渡って馬賊になることに憧れるというような、冒険精神の所産ではない。勉強とか校則とか、そういった重苦しい現実の重圧にうんざりしていたからだと思う。正しく現実逃避だったのだ。
 つまり、中ちゃんが歌っているような「握った拳を震わせながら、血を握ったことなど」一度もないような、のんべんだらりとしたぼくだったわけである。
「いつか夢見たあの日のぼく」は、もちろん明日の自分ではない。そんなことはわかっていた。
 憧れた生きかたが、幻想でしかないこと、もしくは物語の中だけでしか成立しない生き方であることは、どんな子供にだってわかる。幻想とはいえこんな生き方に憧れるくせに、まだしも現実的に可能性があるミュージシャンとかタレントとか漫画家とか作家とか、はたまたスポーツ選手とか、そういったものはなぜか最初から無理だろうと諦めていた。

 だからかな、『さよなら十代』がちょいと胸に来るのは。

カテゴリ: 中村中

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Posted on 2007/02/13 Tue. 20:11    TB: 0    CM: 2

小説の書き方 

 特に野心があるわけではないが、いわゆる小説作法の類、それからシナリオの書き方的な本はかなり読んだと思う。この手の本はたぶん「いつかぼくも(あるいはわたしも)小説のひとつも書いてやる」とか「もの凄いシナリオをものして、テレビドラマの世界を席巻してやるぜ(あるいは席巻してやるわ)」と思う人が読むものだと思う。

 しかし、そういう野心がない人――小説もシナリオもこりゃ最初から読むもの(もしくはドラマになったものを見るもの)と割り切っている人でも、読んでそんにはならない(と、思いますがどんなものでしょう)。あれは読み物として結構面白い。嘘だと思うなら、騙されたと思って、さあどうぞどうぞ――。

 筒井康隆さんの『乱調文学大辞典』と一緒になっている『あなたも流行作家になれる』なんか本当に面白い。あのとおりにしたからといって、とても流行作家になれるとは思えないが――なれる人もいるかもしれないが、そういった人はたぶんそんなものを読まなくても最初からなれる人だという気がするのだが、とにかく面白かった。たしか筒井康隆さんは、ポプラ社から出した「SF入門」という本でも小説執筆の勧めみたいなことを書いていた。子供向けの本だがこれも面白い。

 誰のエッセイだったか忘れたが、そもそもこの種の『××すると△△になれる』的な本の著者に、超一流の人はいないと書いていたのを読んだことがある。筒井康隆さんも同じことを書いていた。流行作家にいま一歩及ばず(書いた当時)、嗚呼あのときああしておけば一流になれたものをと後悔の臍の緒を噛み切っているからこそ書ける――と、そう書いていた。「後悔の臍の緒云々――」という言い回しは、時々使わせていただいております(笑)。どうです、役に立つでしょう《役にたたねえー(-_-;)》。

 しかし、S・キングも小説作法の類を最近出したから、必ずしも超一流はこの手の本を書かないという方程式はあてはまらないようにも思う。それとも時代は変わったのか。

 ディーン・R・クーンツはその名も「ベストセラー小説の書き方」という本を出している。しかし、読んでみてもこれでベストセラー小説がかけるとは思えなかった。いや、そもそもこれを読んだからといって小説がかけるとすら思えなかった。が、これも読み物としては面白い。文体について語るとき、「マチルダおばさん」を引き合いに出した喩えは、説得力はないが、この人なにを思ってこんなことを書いたんだろう的な面白さはあった。それは、確かにあった。

 都筑道夫さんの本では、かなり残酷に言い切っている。面白い話がかけないと思う人は書けない――と。つまり小説を書くというか、面白い話を作るのは、九割がた才能で努力や練習でどうにかなるものではないというのである。いくらサッカーが好きで努力しても、ロナウジーニョになれないのと同じことだ。いささかみもふたもないが、いっそこのくらいはっきり言ってもらったほうが、さっぱりしていいかもしれない。しかし、どうだろ。ロナウジーニョにはなれそうもないが文章を書くことならできそうな気もする。都筑さんは面白い話がつくれないと思う人は――というような言い方をしていた。つまり自分はつくれると思えばいいわけである。するとこれは思い込みということだ。思い込みなら自己暗示という手もあるぞ。イメージトレーニングでもすればうまく行くかもしれない。

 いくつか読んでみてわかったことがある。皆言っていることが違うということだ。人の数だけ、小説の書き方があるということがわかった。これだけでも立派なものだと思う。それでいてとどのつまり、皆究極の一点にたどり着く。

 たくさん読んで、たくさん書く。

 結局はここにたどり着くのだ。これしかない。つまり小説の書き方というのは、そもそも教えようのないものらしい。言われみれば、そのとおりだという気もする。顔がちがうように個性がちがう。Aにとって最高の方法は、Bにとっての最悪の方法かもしれない。ある人はとにかく構成をしっかり立てろという。S・キングはそんなものはいらないという。本当にそう書いている。思いつくまま気の向くまま、筆を進めればいいというのである。これは必ずしも、小説作法の類ではないが、パソコンのよさは思いつたところから書けることだと書いていた人がいた。構成をしっかりと書いていた人は、確実にS・キングよりも売れていないから、S・キングのいっていることが正しい――と、ならないところがややこしいところだ。

 そうだS・キングはこんなことも書いていた。

『第一稿―10%=第二稿』

 つまり、初稿から10%削除したものが第二稿になると。そうなんですか? 誰か小説を書いている人がいたら教えてください(笑)。

 ぼくは本質的に作家は嘘つきだと思うから、書いていることをそのまま真に受けることはないと思っている。しかし、小説の書き方だって、小説の一形態《強引な持って行きかただね、どうも(^_^;)》だと思えば、純粋に読み物として楽しめる。

 小説は、言ってみれば究極の私的作業みたいなところがある。いってしまえばどれもこれも私小説だ。芸術表現といえども人間行為の一種なら、それぞれの癖があって当たり前だ。だからこそ面白いのだ。どれもこれも同じなら、ちっとも面白くない。芸術作品は、規格品でないから高い金を出してでも買おうという気になる。

カテゴリ: 日記

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Posted on 2007/02/12 Mon. 22:52    TB: 0    CM: 0

中村中→私の中の「いい女」の呼び出し方 

 身長が177センチで体重が58キロだった彼を知っている。過去形で書いているのは、それが二十歳前後の彼のことだからだ。女友達の一人は彼の細い脚を見て、ルパン三世の脚と言ったが、それも今は昔の物語だ。それから二十年以上が過ぎた。身長はまだ177センチを保っているが、体重はめでたく88キロになった。しかも、さらに増加傾向にある。いったいなんなんだ。二十代の頃に知り合って遂に結婚した嫁さんは、

「詐欺にあったようなものだわ」

 と、言っているらしい。確かに詐欺だな。

「そろそろ目覚めてわたしの中のいい女」と中ちゃんは歌ってくれるが、この情けない彼の変貌ぶりは、「さっさと引っ込め、おいらに重なるダサい奴」と声を限りに歌いくなってくる。

 これはまったくの偏見だと思って聞いてください。歳を取り、ひたすら情けない方へ変わっていく傾向は、女性よりも男性のほうが多いように思う。と、いうか物語などでは、しばらく見ないうちに綺麗になった女性がよく登場するが、しばらく見ないうちに落ちぶれた男は登場しても、かっこよくなった男というのはあまり登場しないように思う。ぼくが偏見を持つにいたった理由は、そんなところにあるのかもしれない。笹沢左保さんの作品に「落日に男は生きた」という作品があった。なんとなくダサい中年男がかっこよくなる話のような気もするが、読んだことがないのでわからない。
センター 実体験もある。高校時代、身長はそこそこあるがどうにもぱっとしない女の子がいた。顔色が悪く、何となく暗く、笑顔が――どうにも不気味なんだよねえ。それが高校を卒業して何年かしてばったりあったら、唖然とするほど綺麗になっていた。こんな美人が身近にいたのかと、なにやら狐につままれたような気がしたのを覚えている。

 男性が美しく変貌する物語がないわけではない。少なくともひとつは知っている。原作狩撫麻礼、画かわぐちかいじの『ハード&ルーズ』というマンガに、そういう話があったと思う。とある女性が高校生の頃の家庭教師を探してくれと主人公の探偵に依頼する。不良女子高校生だったころ、臭くてダサい大学生の家庭教師にお情けでやらせてやった。その男を探し出してほしいというのである。探偵は元家庭教師を探し出す。そして、彼女を連れて行く。彼女は愕然とする。臭くてダサかった元家庭教師は、知性的な美男子になっていたのだ。男の立場からすると、かなり小気味よい物語で、おれも努力次第ではひょっとして――と、希望を持たせてくれる話だった。

「いい女」「いい男」の定義が何であるかは難しい。人は必ずしも美男や美女を好きになるわけではない。容貌は普通でも、知性にほれ込む場合もあるだろう。心意気が好きになることもあるかもしれない。顔が悪くて、スタイルが悪くても、魅力的な俳優さんはいくらでもいる。才能が人間を輝かせることもある。人間の魅力が一筋縄でいかないものなら、個性を磨くことが、あるいは「いい女」「いい男」への道かもしれない。何事にも努力がいる。

 よし、ぼくも明日から中ちゃんの『私の中の「いい女」』のメロディに乗せて――

『とにかく出て来い、おいらの中の「凄い奴」』

 と、歌いながら努力しよう。決めた。

カテゴリ: 中村中

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Posted on 2007/02/11 Sun. 23:27    TB: 0    CM: 0

中村中……私家版『冗談なんかじゃないからネ』 

 一度くらい、女性から「冗談なんかじゃないからネ」と、言われてみたいと、中ちゃんの唄を聴きながら不埒なことを考えている。しかし、女性からこういうことを言われると、普通の家庭もちならやばいと考えたほうがいいに決まっている。

『冗談なんかじゃないからネ』は女性の気持ちを歌にしている。相手の男は、女性の気持ちもわからない鈍感な奴なのだろうか。彼がなにを考えていたのか、もの凄く興味がある……


 彼女は職場の同僚で、友人だと常に自分に言い聞かせていた。まるで幼馴染のように息のあう相手だった。お互い冗談を飛ばし、時に励ましあい、時に慰めあった。軽く罵りあうこともあった。メールアドレスを交換して、頻繁にメールのやり取りをしていた。きわどい内容のメールではない。他愛もないことがほとんどだった。彼女の愚痴を聞き、彼女に愚痴をこぼす。
 しかしある日、妻にも話したことがないようなことを、彼女には話している自分に気づき、戸惑いを覚えた。
 きっかけは、幸運な偶然がいくつか重なったことだ。
 二人で外に出る機会があり、しかも自由な時間を持てた。
 プラネタリウムに行きたいと言い出したのは彼女だった。
 驚いたが、彼女につきあうことにした。
 人工の星空を眺めながら、突然彼女は高校時代の辛い恋愛体験を話しはじめた。
「あなたに聞いて欲しいの」
 と、彼女は言った。
 そう言われれば聞くしかなかった。
 彼女から聞かされた話は、もちろん誰に話さなかった。それが約束だった。彼女はその話を夫にも話したことがないと言った。
 プラネタリウムも含めて、彼女とは三度デートをした。あと二回のデートは休日だった。休日に家族サービスもせずに出かけるのだ。妻には嘘をついた。彼女の場合も同じようなものだろうと思った。二度目は映画を見に行き、三度目は動物園に行った。
 三度目のデートのとき、何となく夕食も食べていこうということになった。
 食事が終わると彼女は飲みに行きたいと言った。
「おれが飲めないことをしってるだろう」
「いいじゃない、行こうよ」
 付き合うしかなかった。
 結局、午後十時を過ぎてしまった。それでも彼女は帰ると言わなかった。彼女は相当飲んでいた。公園に行った。若いアベックたちに占領されていないベンチに座った。座るのと同時に彼女はもたれかかってきた。
「帰らない」
 と、彼女は小さな声で言った。
 黙っていたのは、どうしていいのかわからなかったからだ。彼女はしっかりと腕をつかんでいた。絶対にこの腕は放さない。そう言われているみたいだった。
 沈黙していたのは、多分、一分もなかったはずだ。そのわずかな時間が長いと感じた。自分がありふれた男に思えた。急におかしくなってきた。気がつくと笑っていた。
「それを期待していたんだ」
 口調が場違いに明るかったのは、意識してのことだった。
 彼女はちょっと驚いたような顔をした。
 ほんの一瞬、彼女の顔に、悲しみのような表情が浮んだ。気がつかなくてもよかったのだ。
「冗談だろう」
 彼女の顔を過ぎったあの表情――あれは見なかったことにしよう。
 彼女も笑って見せた。その笑顔はぎこちなかった。
「冗談よ、冗談に決まってる」
 その後も彼女との関係は変わらずに続いた。しかし、四度目のデートはなかった。半年後、彼女は退職した。理由は訊かなかった。その後、メールのやり取りもなくなった。
 彼女と偶然街で再会したのは、一年後のことだった。彼女はひとりだった。
「元気だったか」
「うん……」
「なあ、訊いてもいいか」
「何よ」
「あれは冗談だったんだろう」
 彼女はすぐに答えなかった。問い掛けの意味がわからないのかと思った。一年前の公園での出来事について訊ねているのだ。別に答えなくてもよかった。
 彼女は微笑を浮かべた。
「冗談なんかじゃなかったわ」
 曖昧に笑うことしかできなかった。
「嘘よ」
 と、彼女はすぐに言った。
「安心して、全て冗談なんだから。じゃあね」
 去って行く彼女を見つめていたのは、もしかしたら振り向いてくれるかもしれないと思ったからだ。
 彼女はついに振り向かなかった。


 これは、もちろん実体験ではない。絶対に実体験ではない。第一、こんな体験をするやつはいね~よ。知り合いの体験で、しかも後半部は作っている。いや、三分の二くらいはつくってるかな……。

 幸か不幸か、こういう体験はぼくにはない。

カテゴリ: 中村中

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Posted on 2007/02/11 Sun. 01:23    TB: 0    CM: 0

ぼくとギター・バーデン・パウエルが好き 

 誰がなんと言おうとフラメンコギターだった。是が非でもフラメンコギターだった。

 たとえばフラメンコが好きかと聞かれれば、必ずしもそうではない。フラメンコギターが欲しかったのは、憧れの人、長谷川きよし、パコ・デ・ルシア等々がフラメンコギターを使っていたからだ。それに、あの乾いた音は大好きだった。今でも好きだ。重厚さよりも軽快さが好きなのだ。良い悪いの問題ではなく、好みの問題である。

 で、フラメンコ……フラメンコねえ。嫌いではない。だが、心中したいというほど好きではない。自由奔放の代名詞のようなフラメンコだが、あれは結構制約の多い音楽なのだ。フラメンコを特徴づけているのはコンパスという独自のリズムだ。この種のことは、インターネットにいくらでも落ちている情報なので、ここでは書かない。とにかくコンパスから外れたものは、フラメンコではなく、逆にコンパスにはまっていれば、なにをどうしようがフラメンコということになる。

 ちょっとばかり格好をつけて言えば、

「俺はフラメンコが好きなわけじゃねえ、パコ・デ・ルシアが好きなのさ」

 と、いうことになる。

 ギタリストというのなら、好きな人はいっぱいいる。たとえば、ウェス・モンゴメリー、ロバート・ジョンソン、マニタス・デ・プラタ、山下和仁、リッチー・ブラックモア、ジミー・ペイジ、サンタナ、タック・アンドレス、チェット・アトキンス、BB・キング、エリック・クラプトン、ジョニー・ウインター、デュアン・オールマン、ジャンゴ・ラインハルト、イングヴェイ・マルムスティーン……まだまだいるが、ここらあたりでやめます(笑)。

 しかし、全ジャンルを含めてもっとも好きなギタリストは? と訊かれれば――難しいが、

「はい、バーデン・パウエルです」

 ブラジルのギタリスト。ジャンル的にはサンバ・ボサノバといったところだろうが、厳密に言えば、これはバーデン・パウエルの音楽だ。その演奏は、誰かが音の洪水と評していたが、本当にそんな感じがする。凄まじいの一語に尽きる。

 これはぼくだけの印象だと思ってください。パコ・デ・ルシアの演奏はたとえていえば《鉈》だ。バーデン・パウエルは《剃刀》だと思っている。剃刀の刃を渡るような演奏をする。狂気を感じさせるという言葉があるが、確かにそういう感じの演奏である。若い頃のバーデンは、映像を見ていると確かにやばそうな男である。天才なのだろう。絶対に友達にはなりたくないが、演奏を聴いている分には最高だと思う。


カテゴリ: 音楽

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Posted on 2007/02/10 Sat. 00:32    TB: 0    CM: 0

中村中と友達の詩 

9c6db7cc.jpg 中ちゃんが岩崎宏美さんと一緒に歌った『友達の詩』が、実は最初に聞いた『友達の詩』だった。だめだねえ、これ……。

「笑われて馬鹿にされて……」

 あのくだりになると、うるっときてしまう。いい年をしてなんてことだと思いつつ、こればかりは仕方がない。歳のせいで涙腺がゆるくなっているわけでは決してない。自分はどちらかといえば、捻くれた方で(あ、ごめん信じないでください)、ちょっとやそっとのことじゃ泣かないね。世の中を斜に見てますから。そんなぼくでも、あのくだりはちょっとやばいです。もう色々なことを想像させられる。

 思えばありふれた言葉の羅列なのだ。生きていれば誰にだって「笑われる」ことも「馬鹿にされる」こともある。そういうことに鈍感になっていくこと、あるいは鈍感になったふりをすることが、歳をとるということかもしれない。

 これは関川夏央さんが書いていたことだが、誰かを指してあの人は少年の心を持っているということがあるが、分厚い面の皮を剥ぎ取れば誰だって少年の心くらい持っている――この通りではないが、そんなことをエッセイで書いていた。そのとおりだと思う。

『友達の詩』という曲には胸の奥底にある少年――あるいは少女――の心に訴えかけ、揺さぶる力がある。そして、この曲のもうひとつの、なんて言おうか……そうだねえ、やっぱり「凄み」かな……とにかくそれは、中村中という存在を知ったとき、もう一度より深い衝撃を与える、いってみれば二重の構造になっているということだ。中ちゃんに企みがあったとは、もちろん思っていない。十五歳の中ちゃんが、胸の奥に秘めておくことがどうしてもできなかった思いを歌にしたのだろう。これだけはどうしても伝えたいという強い思いがあるとき、技術をこえて人に感動を与えるものらしい。

 やっぱり心が大切なんだな。ものを造ろうという人間は、それこそ必死必殺の思いで(ちょっとオーバーか)何かを伝えようと思わなければいけない。そういう気持ちがなければ、結局薄っぺらなものしかできない。小手先の技術でその場を繕っても、どこかでばれてしまうものなのだ。見透かされてしまうものなのだ。きっとそうだ。

 だから、別の曲――たとえば『駆け足の生き様』で中ちゃんが「いつか私の思い天までとどけ」と歌うとき、彼女の思いが天までとどいて欲しいと思う。同時に、自分の思いも天までとどいて欲しい、そんなふうに思う。聞き手にそういう感情を持たせるのは、中ちゃんの紡ぎだす言葉に力があるということだ。少なくともぼくに対しては力を持っている。並みの才能ではないということはもちろんある。が、それ以上に、何が何でもこれだけは伝えたいという熱い思いに支えられて書いた言葉であり曲だからこそ、こっちもついつい熱くなる。架空のお話でも、その核に真実の思いがあれば、それはひとつの現実になるんだという気がする。本人が真剣にこれは本当のことだと思うとき、聞き手(あるいは読み手でもかまわない)にとってもそれは本物の重みを持つ。きっとそうだよ。

 話を『友達の詩』にもどそう。これも関川夏央さんが書かれていたことだが、優れた物語には、これは自分のために書かれた物語だと思わせる力があるという。優れた物語というところを、優れた曲に置き換えてもこれは成立する言葉だと思う。

 友達の詩……

 これはぼくのために書かれた曲だ。間違いない(#^.^#)。

カテゴリ: 中村中

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Posted on 2007/02/09 Fri. 03:11    TB: 0    CM: 4

中村中さんについて……『恋』 

 つくづく、唄というのは歌う人によってその印象が変わってくるものだと思う。松山千春の『恋』という唄を、実は、あまり好きではなかった。唄にもよるが、男性が女性言葉で歌うという行為自体に違和感がある。これも歌い手による部分が大きくて、すんなりと入ってくる歌手もいるし、どうしても抵抗感を覚えてしまう歌手もいて、必ずしも絶対普遍的にそうだというわけではない(身勝手だね、どうも)――のだが、ぼく的一般論から言うと、なにかこう男の望む女性像を、女性に押し付けているような気がする。別に女の人に阿ってこんなことを書いているわけじゃないですよ(笑)。とにかく、無茶な男の仕打ちに耐えたり、でたらめな男の生活を支えながら、涙を堪えてセーターを編む――全て男の身勝手な願望のような気がする。この種の唄は、だいたい演歌系の唄に多い。

 で、『恋』である。この唄をあまり好きではないという背景には、そういう気分がある。

 ぼくが中村中を最初に知ったのは、『汚れた下着』だったことは、以前ブログで書いたとおりである。しかし、強くその存在を印象付けられたのは、『恋』を歌っている姿を見たことだった。ぼくはネット上でその映像を見た。

 その前に、あのドラマがあった。そういったドラマが放送されることは知っていた。実はぼくはあのドラマを見ていない。余談だが、『ボーイズドントクライ』という映画があった。アカデミー賞をとった映画だがぼくは見ていない。見ることが耐えられないような気がするから見ないようにしている。中ちゃんが出たあのドラマは、同じテーマを扱っていた。見なかった理由は色々あるが、見ることが耐えられないだろうという不安から見なかったのではなかった。ただ出演者の中に中村中という名前を見て、『汚れた下着』の歌手を思い出したという次第だ。一度見たら忘れられない名前ですからねえ(笑)。で、ネットで色々と調べて、『恋』にたどり着いた。

「凄み」という言葉はもちろん昔からあるが、効果的に使ったのは村松友視さんだったと思う。プロレス関係の著作の中で、この言葉を効果的に使っていた。

『恋』を歌っている中ちゃんには、その凄みを感じました。大げさにいえば、存在そのものをかけて歌っているような印象を受けた。『恋』はいい加減な恋人を待ち続けることに疲れた女性の唄だ。そういう意味で言えば、歌謡曲としてありがちな内容を持っている。しかし、中ちゃんがあの唄を歌うと、あたかもあの唄の当事者の女性が歌っているような、そんな印象を受ける。ありがちな内容でも、事の当事者が歌うとなると話は別だ。まだ二十一歳の中ちゃんが『恋』に歌われているような経験をしたとは思えないが、そういう気分にさせる何かはあっただろう。そういう意味で言えば、中ちゃんは『恋』を経験しているといえるかもしれない。二十一歳という実際の年齢よりも精神年齢は上なのだろう。そんな気がする。

 作家の勝目梓という人が最近出版した自伝的小説の中で、「情念」をキーワードに物語を描いてみようと思ったと書いている。中ちゃんにはその「情念」を強く感じる。言ってしまえば「情念」などというのは古臭い言葉かもしれない。言葉は古臭くても、これこそ普遍の概念だという気もしている。結局、人を動かすのはこの「情念」だという気がするからだ。

『恋』を聞いた後、岩崎宏美さんとデュエットした『友達の詩』を聴いた。

カテゴリ: 中村中

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Posted on 2007/02/08 Thu. 00:27    TB: 0    CM: 0

写真をひとつ 

cf8846e5.jpg 特に意味はありません……(笑)

カテゴリ: 日記

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Posted on 2007/02/07 Wed. 00:47    TB: 0    CM: 0

世界の終わり…… 

 頭から不穏当なタイトルですみませんm(__)m

 しかし、昨今の異常気象を体感するにつけ、本当に人類は大丈夫なのだろうかと不安になってくる。ぼくたちが危機的状況だと感じる以上に、状況は危機的なのだろう。気分的には、不安が半分、諦めが半分といったところでしょうか。こんなことじゃいけないとは思うんだけど、どうも世界は人の善意では動きそうもない気配だし……どうなんでしょうね。とにかく、状況が危機(それも半端じゃない危機に)に瀕しているのは事実だと思う。

 ただし、ぼく地球の危機だとはぜんぜん思っていない。あくまでも人類の危機だ。だから、タイトルの『世界の終わり……』と、いうのはやや奇を衒った感がある。皆さんもよくご存知の『ジュラシックパーク』という映画の原作になった小説がある。まあ、小説のタイトルも『ジュラシックパーク』なんだけど……(^_^;)その中に、示唆に富む言葉があった。いま、手元にその小説がないから正確に書くことはできないが、次のような内容だった。

 人類が滅びるからといって地球が滅びるわけではない。たとえばオゾン層である。オゾン層が破壊されると有害な紫外線が降り注ぐという。それによって人類や他の多くの動植物は滅びるかもしれない。しかし、紫外線は生物に突然変異をもたらし、新しい環境に適応した生物が生まれる。いい例が酸素である。酸素は有害なガスなのだ。植物が光合成をはじめ、酸素を出しはじめたとき、生命にとっては危機だった。植物は毒ガスで地球の大気を満たしてしまったのだ。で、生物は滅びたか? 滅びてなんかいません。いま、こうして酸素をすって生きてます。

 つまり、人類にとっての危機が必ずしも地球にとっての危機ではないということだ。『ジュラシックパーク』の著者マイケル・クライトンは人類には地球を滅ぼす力などないと言っている。そのとおりだと思う。地球は人類の世話など受けなくとも十分やっていける。地球は人類が滅びたところで気づきもしない。人類が考えるよりもはるかに長いときをかけて地球は呼吸をしている。この言葉――長いときをかけて云々――も、『ジュラシックパーク』の中にあったはずだ。

 恐竜は一億五千万年地球を支配したが、どうなったかは言うまでもない。先が見えないという点で、人類と恐竜にさほどの違いはないと言ったのは、あの頃の平井和正だ。人類が滅びればまた別の生物が地球の支配者になるだけのことなのだ。だから人類は心置きなく自分たちを滅ぼしてもかまわないということになる。母なる地球は何の痛痒も感じないのだから。人類はもっともっと謙虚になるべきなのだと思う。自分たちの力が及ばないものが、絶対に存在するということを、強烈に意識するべきだ。ぼくはそう思っている。

 人類の最後を描いた小説は数限りなくある。ぼくが読んだのはその中のほんの一部だ。その中で印象に残っている作品は、

『復活の日』

『結晶世界』

『親殺し』

 この三つだ。『復活の日』は角川映画のほうではありません。原作である小松左京さんの小説のほう。内容はくだくだ書かないが、映画とはずいぶんちがうということだけは書いておきます。この小説の最後の言葉が泣かせる―― 絶滅寸前まで追い詰められ、奇跡的に生き延びた人類に警鐘を鳴らす言葉が出てくる。これは名文だ。乱暴な言い方をすると、小説は読まなくても、この文章を読むだけでも価値がある。文章の最後はこう締めくくられている。

『北への道ははるかに遠く、復活の日はさらに遠い。そしてその日の物語は、我々の物語ではないだろう』

 と、こんな感じだった(ちょっと違うかな)。多少ちがうかもしれないが、まあだいたい……どうです? 泣かせるでしょう。あの映画の最後に、せめてあの言葉をまるまる使ってほしかったですなあ。

『結晶世界』はJ・Gバラードの傑作終末小説。世界が光り輝く宝石になって滅びていくというなんともシュールなお話である。これも傑作です。

 そして、最後に『親殺し』――これは平井和正氏の短編である。人類があらたな地球の支配者となる新人類に滅ばされていく様を、ひとりの男の視点から描いている。美徳も欠点も持ち合わせたごく普通の男が、人類の臨終に望んで何を思い、何を語ったのか。独白と会話で構成されたこの小説は凄いです。内容的に「……?」という点もないではないが、そんなものは本当にちっぽけな疵だ。この頃、平井和正氏は猛烈に人類糾弾小説を書いていて、その勢いが余ってしまったのだろうと思う。いずれにしても、そんなちっぽけな欠点をこえて、この小説は傑作だと思う。

 ここに上げた三つの小説は多分まだ読めると思う。『親殺し』は微妙かもしれないが、もし、どこかで見かけることがあれば、立ち読みでもいいから読んでみて下さい。

 そうだ! マイケル・クライトンはこうも言っている。人類には地球を滅ぼす力も、地球を救う力もないが、自分を救うくらいの力はあるかもしれないと……。

カテゴリ: 日記

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Posted on 2007/02/07 Wed. 00:26    TB: 0    CM: 0

趣を変えて…… 

 以前住んでいたアパートの近くに、空地があった。
 ゆるくカーブを描いている坂道を登っていくと、その空地は現れる。丈の高い雑草で覆われたかなり広い土地で、周囲はフェンスで囲われていた。住宅地の中にあり、昼間ならどうということのない場所だ。
 しかし、その空地には妙な噂があった。夜になると、雑草の中から、何かが現れるというのである。いったい何が現れるのか、そのあたりははっきりとしないのだが、そこには何かがいるというもっぱらの噂だった。空地は不動産会社の管理地だったが、雑草が刈られたところを見たことがなかった。
 物好きな友人のひとりが、深夜、その空地に行った。面白半分。何が出るのか確かめてみようというわけである。
 彼が空地を訪れたのは、午前二時だった。その時間をわざわざ選んだのである。彼にあったのはその翌日だった。昼ごろ訪ねてきた。浮かない顔をしていた。
「見たよ」と、彼は言った。「あの噂は本当だった」
 彼が空地のことを言っているのだと、すぐにわからなかった。
「空地だよ」と、言われてやっとわかった。
 何を見たのかと訊いた。
「女の腕だ」と、彼は言った。
 空地を覆った雑草の中から白く長い腕が出ていたと彼は言った。綺麗な腕だったとも言った。その腕は、まるでおいでおいでをするように、ひらひらと揺れていた。そう言ったときの彼の顔――とても嘘をついているとは思えなかった。
 その後も彼とは会っているが、空地の話をしたのは、そのときだけだった。特に何か変わったことが、彼の身におきたということはない。今は故郷に帰り、結婚して、子供もでき、幸せに暮らしている。
 その後もぼくは、空地の近くにあるアパートに住んでいた。昼間は空地のある道路を使ったが、陽が落ちてからはできるだけ使わないようにしていた。
 その空地も、いまはもうない。

カテゴリ: 日記

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Posted on 2007/02/06 Tue. 06:24    TB: 0    CM: 0

丹下左膳……やっぱり悪役が好き 

 しかし、なぜ丹下左膳がこれほど好きなのか……

 ひとつには、ぼくが悪役が好きだということがある。昔『悪魔の手触り』というテレビシリーズがあり、そのなかで案内役のおじさんがこんなことを言っていた。「善は普通だが、悪は個性だ」と。遠くから眺めている分には、個性的なものの方が見ていて楽しいのは事実だ。ただお近づきになりたいかどうかは、別である(笑)。司馬遼太郎氏が宮本武蔵は天才だが、付き合いたくないといったあの心境だ。

 主人公にも影があるほうがいい。悪役っぽい主人公が好きだ。だから『河内山宗俊』も大好きである。『碑夜十郎』というドラマの中で石坂浩二さんが演じた河内山宗俊が、とてつもなくかっこよかった。

「男も四十をこえるとな、目が綺麗だけじゃやってけねえのさ」

 たしかそんなセリフだったと思うが、このセリフはじんと来ました。誰だっていいことばかりをして生きていることなんてできない。

 悪役でいうなら、日活映画(ポルノじゃなくて、アクションのほうね)のエースのジョーもキャラ的には敵役だった。悪役は最後に倒されるその瞬間まで、主人公と同じ存在感を持っていると、矢作俊彦氏の著作で読んだ記憶がある。『ベラクルス』のバート・ランカスターが嬉々として悪役を演じていたことにも、矢作俊彦氏は著作の中で、エースのジョーの言葉を借りて触れていた。

 悪人はなぜ悪人になったのか、そこに凄まじいドラマを感じるのである。その人間の持っている悪が大きければ大きいほど、彼、あるいは彼女がかかえた人生の闇の深さを感じる。説明などいらない。悪役というのは、言ってみれば敗者である。最初から敗者として登場している。「勝者よりも敗者の持つドラマのほうが奥深い」という言葉を聞いたことがある。彼、あるいは彼女の悪が大きければ大きいほど、もうそれだけでドラマが成立してしまうほど奥深いものを感じる。ぼくが悪役を好きなのは、そんな理由である。

 丹下左膳は悪人の匂いを濃厚に持った主人公だ。丹下左膳がなぜ隻眼隻手になったのかという物語は、原作者の林不忘によっては描かれなかった。川口松太郎氏によって描かれた。評価ではなくあくまでも好みとして、丹下左膳の過去は描かれなかったほうがよかったと思っている。

カテゴリ: 時代劇

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Posted on 2007/02/05 Mon. 09:33    TB: 0    CM: 0

丹下左膳 

 市川崑演出による『丹下左膳』の放送が開始されるその日の新聞のテレビ欄に「この男がいなければ座頭市も眠狂四郎も木枯し紋次郎もうまれなかった」というキャッチコピーが、大きく刷られていた記憶がある。

 このとおりの文章ではなかったかもしれないが、まあだいたいこんなところだった。

 座頭市については子母沢寛のエッセイ「ふところ手帳」の中に登場するから、必ずしも前記のキャッチコピーどおりではないと思うが、気分的にはそんなところがあるのも確かだ。

 丹下左膳。隻眼隻手の怪剣士。シリーズを通して性格は優しく変化していくものの、はじめて登場したときは、辻斬りまでするとんでもない登場人物だった。丹下左膳は登場の時点では主人公ですらなかった。「新大岡政談」の中の一登場人物、はっきり言えば敵役的存在だった。

 しかし、そのキャラは圧倒的な存在感を放っていた。だから映画化もされ、性格も受け入れられやすいように、多少の恐ろしさを残しながらも、子供を大切にする人物へと変化していったのだろう。

 原作者の林不忘は他にも谷譲次、牧逸馬のペンネームで作品を発表している。アメリカ留学の経験があり『めりけんじゃっぷ』『テキサス無宿』などの作品がある。たしかネットだったと思うが、丹下左膳のアイデアを林不忘はウエスタン小説に登場する隻眼隻手のガンマンから得たのではないかという文章を読んだ記憶がある。あるいは記憶違いかもしれない。

 とにかく、ぼくはこの丹下左膳が大好きである。最初に見た丹下左膳は大友柳太郎(朗)が演じていた。子供の頃、火曜映画劇場だったと思うが時代劇ばかりを放送している番組があったのだ。そこで大友柳太郎主演の丹下左膳シリーズが何本か放送された。遠山の金さんよりも旗本退屈男よりも葵新吾よりも、ぼくはこの異様な主人公が好きだった。どうして子供だったぼくが丹下左膳を好きになったのか、よくわからないが、とにかく好きだった(小沢さとるさんもマンガで描いていたはずだ)。

 しかし、ぼくの丹下左膳好きを決定付けたのは、やはり市川崑演出によるテレビシリーズ『丹下左膳』だった。いま考えても丹下左膳登場の場面は演出が冴えていた。井戸で水を飲んでいる白い着流しの浪人の後姿がまず映る。そこへ娘が近づいて行く。浪人が振り返る。その顔――深い傷が右目の上を走っている。娘はその浪人の異様な顔を見て卒倒する。

 どうです、鮮やかな登場の仕方じゃないですか。さすが市川崑監督です。丹下左膳の持つ、不気味さとある種の滑稽味を見事に表現してるような場面でした。

 その後、丹下左膳はやくざに絡まれる。このやくざを演じていたのは下條アトム。口に笹の葉をくわえ、これも市川崑演出の『木枯し紋次郎』のパロディ場面を作り出す。絡んでくるやくざの髷を、丹下左膳が居合一閃、切り落とす。

 そして、あの決め台詞、「姓は丹下、名は左膳」これが見事に決まる。この演出はうまかった。

 最近でも丹下左膳は離婚騒動で話題の中村獅童の出演でドラマ化されていた。豊川悦司も映画で丹下左膳を演じた。

 どちらもぼくには不満の残る作品だった。作品を評価することは、もちろんぼくなどにはできない。ぼくの好みの作品ではなかったと言いたいだけだ。

 が、それでもなお、丹下左膳のドラマや映画がつくられることは、ぼくにとって喜ばしいことだった。

 丹下左膳の小説は、「あおぞら文庫」で読める。もし興味のある方はどうぞ。

カテゴリ: 時代劇

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Posted on 2007/02/04 Sun. 22:51    TB: 0    CM: 0

ぼくとギター・番外編(長谷川きよし) 

 丹下左膳を熱く語ろうと思ったけれど……(笑)
 やめます。

 昨日、『フォークの達人』を見て、久しぶりに長谷川きよしさんを堪能した。長谷川きよしさんのことを教えてくれたのは、ぼくにギターを教えてくれた親戚のお兄ちゃんである。
 初めて聞いた印象?
 とにかく凄かった(^_^)
 そりゃあ、凄かった(^_^)(*^^)v
 聞かせてもらったアルバムは『ひとりぼっちの詩』『卒業』『長谷川きよしオンステージ』。
 その歌声とギターテクに感動して以来、ずっと聞き続けている。
 昨日の長谷川きよしさん、もう、何も言うことはありません。はい、わたしの負けです。
 デビューアルバムの頃より、そして、ぼくが初めて生で聞いたときよりも、さらに、さらに、さらに――進化していた。唄もギターも、本当に最高。ずっとくっついて聞いていたいと思わせるミュージシャンです。

 本当はもっと語りたかったけれど、だめですねえ。
 冷静になれません(笑)。
 昨日の余韻に浸りながら、今日は『天までとどけ』じゃなく(中ちゃんごめん)長谷川きよしさんの名盤『アコンテッシ』を聞きつつ、眠ることにします。

カテゴリ: 長谷川きよし

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Posted on 2007/02/03 Sat. 23:47    TB: 0    CM: 0

金沢栄東を知っていますか…… 

 金沢栄東という歌手を知っている人が何人いるだろう。

 ぼくがはじめて金沢栄東を見たのは、名古屋にあった『ユッカ』というライブハウスだった。カルチャーショックを受けました。びっくりした。さして大きくもない地下の店で、まさかこんな凄いミュージシャンの演奏を聞けるなどとは思ってもいなかった。世間の広さというものをつくづく感じた瞬間だった。

 その後、ぼくは社会人になり、はじめて金沢栄東を見たライブハウスもなくなった。それでも金沢栄東は歌い続けていた。ただ見る機会は少なくなっていた。

 それからまた何年かたち、金沢栄東という名前は、ぼくの中で完全に過去のものになった。最近になって、なぜか思い立ち、インターネットで検索をかけてみた。

 嬉しかった。金沢栄東は名古屋に住んでまだ歌い続けているらしい。あの歌声とハーモニカをまた聴くことができるのである。

 金沢栄東はブルースを歌う。ハーモニカ――ブルースハープは涙ものです――の名手だ。ギターも味があった。声はやや高く、哀愁があった。

 消息について知ろうと思い立ち、インターネットで調べているときにわかったことだが、かつて金沢栄東をティービー・ワンダーのイメージで売り出そうとしたことがあったという。ラテン(必ずしもそうではないが)のフォセ・フェリシアーノのイメージがある長谷川きよし(きよしさんごめんなさい、フォセときよしさんはまるで別だとわかっているんです)に対抗して、こちっはスティービーだと安直に考えたのかもしれない(考えたのはプロなんだけどね……)。

 金沢栄東は視覚障害者だ。杖を手放させて、高い靴を履かせ、サングラスをかけさせる――金沢栄東はそれを突っぱねた。自分の生き方とはちがう。そう思ったのだという。

 どんな生き方を選ぶか、それはもちろん個人の自由だ。売り出そうとする業界に背を向けたのも、もちろん金沢栄東の選択でぼくたちがとやかく言うことではない。それに業界の意向に従ったからといって、必ずスティービー・ワンダーになれたとは限らない。勝目梓という作家が最近出した自伝の中で、いくら売れるためとはいえ、心向きでないものは書けないものだというようなことを書いていた。過去の出来事に「if」を持ち出すのはよくない事もわかっている。

 ……でも、その話し(金沢栄東=スティービー)を知ってからというもの、ぼくはどうしても《もし》を考えてしまう。実力は申し分ないのだ。もしかしたら、金沢栄東は日本のスティービー・ワンダーとして広く世間に認知され、そして、たった一人の金沢栄東になれたかもしれない。

 こんなことを考えるのは金沢栄東に対して失礼なことかもしれない。しかし、職業柄、人に評価されるのは仕方がないと思ってください。ごめんなさい。

 話を続けます……

 ぼくは超弩級のマイナー人間のわりに、案外メジャー志向のところがある。ぼくが好きなものは、皆も好きになって欲しいと思う。この最大の被害者は同居人なのだが、それはともかく、やっぱりミュージシャンである以上、売れることを考えても別に罪ではないように思う。

 問題は売れるために妥協するかどうか……。

 ぼくはサラリーマンを長くやっている。すると妥協することにも慣れてしまう。自分の陣地を一ミリも譲らす生きていける人間はいない。誰だって何某かの妥協はしているはずだ。ほんの少しの妥協でより大きなものをつかめるのなら……

 やっぱりこの問題は難しい。結局、選んだものが最良のものだったのだと考えるしかないのかもしれない。

 とにかく、金沢栄東が歌い続けてくれていたことが、ぼくにとって喜ばしいことだ。

カテゴリ: 音楽

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Posted on 2007/02/03 Sat. 01:06    TB: 0    CM: 1

丹下左膳、再放送決定! 

普段なら眠っている時間ですが、あまりの嬉しさについ書いてしまいます(笑)。満面に笑みを浮かべています。だから、書き方も、いつもとちょっと違う。

いったいこのブログをどれだけの人が見ていてくれているのか、多分ほとんどいないというのが現実なんだろうと思いますが(^_^)――しかし、そういったことにはまったくめげず、この情報をお伝えします。

あの不朽の名作『丹下左膳』がスカパー「時代劇専門チャンネル」で2月22日より放送が開始されます。
このブログを見ていて、スカパーかケーブルテレビに加入していて、しかも時代劇のファンである方となると、こりゃもう駱駝が針の穴でも通る確率かと思いますが、それでもあまりの嬉しさに、書かずにはいられない。
それほどこの丹下左膳は傑作です。丹下左膳を演じる高橋幸治さんをはじめ、田村高廣、浜畑賢吉、三田和代、尾藤イサオ、清水紘治、鮎川いづみと出演者も豪華。
主題歌『かげろうの唄』は名曲です。実はぼくの愛唱歌のひとつです。
そして、なによりも演出が凄い。あの市川崑監督です。

そう、これはあの「木枯らし紋次郎」「追跡」のスタッフによる作品です。
もし、奇跡が起きてこのブログを見た人、ぜひぜひ、興味だけでも持ってみてください。名作でしたが、視聴率がまったく振るわなかったという悲しい作品です。

いつか、丹下左膳について熱く語ってみたい。
丹下左膳っていいですよ。

カテゴリ: 時代劇

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Posted on 2007/02/02 Fri. 01:31    TB: 0    CM: 0

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