Gitanの趣味

ひたすら趣味の道を走っています(ニヤリ)

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今日は色々…… 

わが闘争

 といってもヒトラーの著作ではない。堤玲子さんという方が書かれた小説である。内容は言わない。ぼくが持っているのは角川文庫版のものだ。もし、どこかで見かけることがあればお勧めします。

 しかし、ぼくが最初に読んだ堤さんの作品は「わが闘争」ではなくて「美少年狩り」だった。いまならタイトルを見ただけで引くだろうけれど(笑)、あの頃――ああ、若かったんですねえ。思わず買っちゃいました。タイトルが示すとおりエッチな小説ですが、読んでいてただエッチしているだけじゃないって、若いなりに感じました。これは「わが闘争」以上に入手困難かもしれませんが、どこかで見かけることがあって、ふとそんな気になれば(^_^;)、買ってみてください。損はしませんん。

黒い牡牛

 ロバート・リッチの「黒い牡牛」じゃありません。

 ちょっと本題に入る前に、ロバートリッチ(ドルトン・トランボ)がどういう人か知りたい方はこちらにどうぞ→ドルトン・トランボ。立派な人です。「栄光なき天才たち」という漫画があって、その原作のシナリオがここにあります。いいですこれ。

 このシリーズの中には後に有名になる「疵」もあります。陣内孝則主演で映画化されたあれです。映画の原作は本田靖春さんのルポですが、「栄光なき天才たち」のなかの「疵」もいいです。……でも、もしかしたらこれは収録されていないかもしれない、そのときはごめん。

 話を戻します。

「黒い牡牛」は長谷川きよしのアルバム「Another Door」に収録されている一曲である。この歌の歌詞に、

『ぼくらは世界と折り合い、永遠を手に入れる』

 というフレーズがある。昔からこのフレーズがとても好きで、よく口ずさんでいた。

 昨日、我らが中ちゃんがBlogで、「出会い」と「別れ」に関係したことを書いていた。それを読んだとき、なぜかこのフレーズが頭に浮かんだ。

「出会い」と「別れ」

 ぼくなりに意訳すれば、ひとつの状態が無限に続くことはないということだ。当たり前といえば当たり前のことなのだが、存外、ぼくはこの事実を忘れる時がある。というかこの心地よい状態がずっと続いてもらいたいと思うときがある。つまりぼくは永遠が欲しいわけだ。しかし、ひとつの状態が永遠に続くことはありえないし、もし続くのならそれはちっとも心地よい状態ではないかもしれない。

 この世界に永遠に変化しないものはいという現実を受けれいることが、永遠を手に入れることだと「黒い牡牛」のこのフレーズは歌っているような気がする。ほんとうにそうなのかどうかは作詞した中山千夏さんに訊いてみる以外にないが、「そんなわけないでしょう」と、嘲笑われるだろうな、多分……(笑)。

 ぼくは決して宗教的な人間でも哲学的な人間でもない。だから普段はそんなことを考えたりしない。先のことなど考えず、とりあえずが楽しければいいと思っている。そんなぼくが柄にもなく、「盛者必滅、会者定離」的なことを考えたのは、徹夜で疲れていたせいと……うーん、きっと中ちゃんのせいだな。

 とにかく中ちゃんのBlogを職場でこっそり携帯で読んでいて堤玲子さんのことや、「黒い牡牛」のことを考えたりしていた。
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カテゴリ: 日記

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Posted on 2007/01/31 Wed. 19:50    TB: 0    CM: 0

「未練通り」と「秋の空」 

 記念すべき中村中のファーストアルバム「天までとどけ」の中で、「未練通り」という曲が好きだ。伝法肌の粋な姉さんが、惚れた男(この場合、少し駄目な感じの男がいい)が、ちょいとばかり弱気になって故郷へ帰ると言い出したのを、

「ふん、帰りたけりゃ帰りなよ」

 と、冷たく突き放している姿が目に浮ぶ。もちろん、それは表向きのことだ。お姉さんは駄目男に心底惚れている。だから、中ちゃんが歌う、

「帰るあんたはいいよね、誰かが待ってる故郷で~」

 と、言うくだりは、実は粋な姉さんの心の声ということになる。

 ――なんて、勝手に想像して、この曲を楽しんでいる。

 すると、勝手な想像だろうがなんだろうが、やっぱり「未練通り」には「秋の空」が似合うのだろうと思う。これが春・夏・冬どの空でも似合わないような気がする。秋だから「未練通り」にひとり取り残されそうな粋な姉さんの気分を、よくあらわすことになるのだと思う。その前に夏があり、次に冬が待っている。

 強がっている格好のいい女の人が好きだ。この場合のかっこよさというのは見た目の美しさではない。存在のあり方というか、生き方というか、とにかく彼女を包んでいる雰囲気だ。もちろん、現実にそんな女性は存在しないと思う。フィクションとして好きだといっているのですよ、もちろん。

「未練通り」から見上げた空が「秋の空」であるという感覚を持った中ちゃんに、ちょっとばかり感心している。

 大いに感心しないのは、少し悔しいからだ……(笑)。
 

カテゴリ: 中村中

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Posted on 2007/01/29 Mon. 23:56    TB: 0    CM: 0

「さよなら」を高橋ジョージ歌っている! 

 たったいま、堂本兄弟で高橋ジョージが「さよなら」を歌っていた。

 凄いぞ! 高橋ジョージ。この「さよなら」を歌ってくれるとは。

 ぼくは三つの「さよなら」を知っている。NSP、長谷川きよし、オフコース。中でもNSPの「さよなら」は、掛け値なし、名曲です。

 この曲の思い出は、テレビドラマと一緒になっている。その昔、「追跡」というテレビドラマがあった。市川崑・中村敦夫(ここに主題歌、和田夏十、小室等、上条恒彦が加わる)による……といえばわかる人はわかる、そう「木枯らし紋次郎」のメンバーによる現代劇だった。原作は三好徹の『天使』シリーズ。だから、サブタイトルには全て「天使」という題名がついていた。たとえば「汚れた天使」とかね。

 そして、このドラマの中でNSPの「さよなら」が使われたのである。

 あれはどの回だったろう。「天使の裁き」だったか「天使の葬列」だったか……いや、ちがったか、とにかく「さよなら」が使われた場面は今でも鮮烈に覚えている。

 姉の棺を乗せたリヤカーを青年が引きながら長い坂道を降りてくる。その青年の姉は殺され、弟がたった一人で葬儀を出すのだ。彼は姉の棺をリヤカーに乗せて火葬場にたった一人で向う。その後を、少し離れて中村敦夫演じる新聞記者がべスパをおしてついて行く。そこに「さよなら」が流れるのである。胸を締め付けられるような場面だった。

 余談ながら、この物語の中で中村敦夫はべスパ(スクーターですよ)に乗っている。

 わかります?

「探偵物語」のなかで松田優作が乗っているのがべスパ。だから「探偵物語」を見たとき、思わずにやりとしました。もしかしたら「探偵物語」は放送打ち切りになった「追跡」へのオマージュか――なんて思ったりした。

カテゴリ: 音楽

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Posted on 2007/01/29 Mon. 00:00    TB: 0    CM: 3

男と女の間には……黒の舟歌? 

 我らが中ちゃんが、阿部定のことをブログに書いていた。

 なお、中ちゃんを知らない人はこちらへ
       ↓
 http://www.nakamura-ataru.jp/

 だいたいぼくたちの世代だと阿部定と聞けば大島渚の「愛のコリーダ」を思い出すのではないだろうか。セックスの果てに男を殺害して、その男の性器を切り取ったのが阿部定だった。この事件を大島渚が映画化したのが「愛のコリーダ」だった。藤竜也と松田英子の主演で、何が話題になったかといえば、これはようするにハードコア、つまり藤竜也と松田英子が本当に性交をするという映画だったのだ。いまならアダルトビデオなどで、まあ当たり前といえば当たり前なのだが、当時としてはそれはもう大変な話題になったものです。しかも、この作品は映画としても優れていたという。幸か不幸か、ぼくはこの映画の完全版を見ていないから何ともいいようがないが、それでも雑誌などで読む限り、中々の傑作だったらしい。

 岸田敏志はその昔、

「心より体のほうが、確かめられるというのか」と、歌った。

 夏木マリさんは指を艶かしく動かしながら、

「ああ! 抱いて、獣のように」と、いやらしく歌っていた。この曲『絹の靴下』を作詞した阿久 悠は「逞しい下半身の思想を歌にしたかった」とかなんとかそんなことをどこかのインタビューで答えていたような記憶がある。あるいはエッセイだったろうか。

 心と肉体、この二つを分けて考えることが、そもそもナンセンスなのかもしれない。

 どんなことでもある限界を超えれば何がおきるかわからない。阿部定と件の愛人が、実際はなんで結びついていたのかわからないが、愛情(心)とかセックス(体)とか、そういったキーワードでは単純に割り切れない何かで結びついていたとしかぼくには思えない。

 誰のエッセイだったのか忘れたが、仲間と集まって猥談をしていると、ある作家(だったと思う)が、男女の睦事の最中の声というのは、聞いていると恐ろしいものだというようなことを話されたらしい。どこかの旅館で睦事の声を聞き、心中か殺しあっているのではないかと不安になったという。

 そう考えると、「黒の舟歌」は、ずいぶん深い歌だという気がする。この曲について、これは子供を流したときの歌だと言ったのは、TBSアナウンサーの林美雄さんだったと記憶している。

カテゴリ: 日記

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Posted on 2007/01/28 Sun. 23:00    TB: 0    CM: 0

詩集ですか……なんだかねえ(赤面) 

 恥ずかしながら、詩集を二冊も持っている。いや、詩集を持っていることが、普遍的に恥ずかしいといっているのではない。ぼくのような人間が持っていることが恥ずかしいというのだ。

 生活を見れば、およそ詩集などとは縁遠い暮らしをしている。戦国時代の足軽さんのように殺伐としている――てなことはないが、それでもどたばたと走り回り、およそ詩を読むなんて、そんな潤いのある暮らしは、ここ何年もしていない。

 それはさておき、ぼくが持っている詩集は「ラングストン・ヒューズ」と「谷川俊太郎」――ここに寺山修司さんを加えれば――あ、三冊も持ってる(笑)。

 ラングストン・ヒューズを買ったのは、本屋でぱらぱらと立ち読みをしていて、なんだかかっこいいじゃんと思い、衝動的に買った。その後、浅川マキさんのアルバム「流れを渡る」を聞いて、それがラングストン・ヒューズの詞に曲をつけたものだと知り驚いた。

 だってあなた、「渡河(詩集)」→「流れを渡る(アルバム)」ですよ(笑)。そりゃまあ確かに渡河、河を渡っているわけですから、流れを渡るわけね。でも、こりゃどう考えたって、「渡河」よりも「流れを渡る」のほうがさまになってる……と、ぼくは思う。他にも「罪人小唄」という曲もある。こちらは詩集では「罪人のバラッド」。これに関しては詩集のほうがかっこいいかな。このアルバムのギターは、あの内田勘太郎様です。凄いです、このギター。派手じゃないが、じわっと胸に来る。

 谷川俊太郎さんも本屋で立ち読みをしていて衝動買いした。「ビリー・ザ・キッド」という詩があったのだ。これがいいんです。ほんとうにいい。その後、知り合いのミュージシャン――もとい、フォークシンガーが「Knocking On Heaven's Door(ボブ・ディラン)」を歌う時、ギターを弾きつつ、谷川俊太郎さんの詞を読んだ。「Knocking On Heaven's Door」は映画「ビリー・ザ・キッド二十一歳の生涯」の主題歌だったのだ。この映画の監督サム・ペキンパーは、実はあまり好きな監督じゃない。でもこの映画「ビリー・ザ・キッド二十一歳の生涯」には好きな場面がある。銃撃戦の中で腹に致命傷をおった保安官がよろよろと川に向って歩いていく。銃撃戦はまだ続いている。腹を撃たれた保安官は川辺に座り、川面を眺める。そこに彼の妻がやってきて彼によりそい、じっと彼を見つめる。彼女の手には銃が握られている。バックにはこの曲「Knocking On Heaven's Door」が流れている……。この場面は泣かせました。

 寺山修司さんは、「言葉で人を殴り倒すために詩人になった」と、書いていた記憶がある。『ポケットに名言を』だったかな、それとも別の本だったかな……とにかく、この言葉は印象に残った。

 確かに選ばれた言葉は、人に衝撃を与える。

 中さんの『友達の詩』に心を震わせ、『汚れた下着』でセクシーな気分になり、『リンゴ売り』で胸に痛みを覚える。つまり、そういうことだと思う。

カテゴリ: 読書

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Posted on 2007/01/27 Sat. 22:00    TB: 0    CM: 0

新宿アウトロー、嗚呼! ぶっとばせ 

 酒を飲めないから、さすがに酒の味については書けません(笑)。

 しかし、酒が絡んだ物語や歌は大好きだ。『酒とバラの日々』と『失われた週末』は、命がけで酒を飲む男や女の物語だった。『駅馬車』には大酒のみの医者が出てくる。『荒野の決闘』のドク・ホリデーは切なくなるような酒飲みだった――ドクが酒場で、ハムレットの有名な一説「生きるべきか……」を、ならず者に囲まれて立ち往生している役者のかわりに語る場面は、胸にぐっと迫るものがあった。

 小説で言えば中島らもさんの『今夜、全てのバーで』は今でもときどき読み返す。『深夜ブラスワン』に登場するガンマン、ハーベィ・ロベルも好きな酒飲みです。そうそう、映画で 言うと『アマディウス』の中でモーツアルトがワインを飲みながら、手にインクをつけつつ、譜面を書いている場面も好きだ。

 歌でいうなら、柳ジョージさんの『ひとり酔い』。この曲を和田アキ子さんが歌ったときは凄かった。シャンソン『ろくでなし』にも酒が登場する。浅川マキさんのアルバムに入っている『あなたなしで(Trying to live my life with-out you←オーティス・クレイですね)』という曲も確か酒に絡む曲だった(煙草は五箱で、片手にはコップ酒――そんな歌詞があったような、もし間違っていたらゴメンナサイ)。

 印象に残っている酒を飲む場面は色々とあるけれど、いまふと浮んだのは、

『新宿アウトロー、ぶっとばせ』

 これです。

 いわゆるひとつの日活ニューアクション。確か不死鳥の哲だったと思うけれど、渡哲也さんと我らが(なんで我らがなのかよくわかりませんが)原田芳雄さんが酒を飲む場面、これがよかった。たしか渡さんは出所したばかりで、それを白いスーツの原田さんが迎えに行き、酒場のハシゴをする、そんな感じだったと思う。

 とにかく、映画の中の渡さんの飲みっぷりが凄かった。ビール、日本酒、ウィスキー(ジョニーウォーカーだったと思うけれど)を、いや凄まじい勢いで飲んでいくのである。それを原田さんが、財布の中身を気にしつつ眺めている場面はよかったあ……。

 この映画に絡んで、酒ではないがもうひとつ思い出がある。

 原田芳雄さんのファーストアルバム『ラストワン』の中に、日活ニューアクションを歌った歌がある。

「ブルージーンズ胸元はだけ……」と、まず『反逆のメロディ』から始まり、

「ねんねこ半纏、子供背に……」と、『暴走集団71』――この映画には藤竜也さんもかっこよく出演していた。

 そして三番が、この映画になる。

「インポテンツ(ゴメンナサイ、でもほんとうにこう歌ってるんです)の白スーツ、連れ立つ友と涙して、女の髪をとかします……」

 ようするに映画の場面をそのまま歌にしているのですよ。

 この映画(『新宿アウトロー、ぶっとばせ』)の中で原田芳雄さんはイン○テンツの役で、渡さんと復讐に向うまさにそのとき、殺されてしまった愛しい人の髪をとかすのである。この女優さんは、ぼくの永遠のアイドル梶芽衣子さんでした(笑)。

 この曲の作詞をしたのは、TBSアナウンサーの林美雄さんだった。原田芳雄さんは当時、林美雄さんの番組にゲストで出て、ギターを弾きながら『プカプカ』を歌っていた。かっこよかったよ。だからこの歌は、ぼくの愛唱歌のひとつになった。

カテゴリ: 映画

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Posted on 2007/01/26 Fri. 19:00    TB: 0    CM: 0

日々是平安 

0f8613e2.jpg と、いうのはこのお酒の名前である。先日、ブログで書いた、これがその同居人がネットの懸賞で当てた酒である。一関市にあるこの蔵元は、自分の書いて欲しい字をラベルに書いてくれる。で、選んだのが『日々是平安』である。やっぱり平穏無事が一番だからね。

 後味のすっきりとした美味しいお酒だと同居人は言っている。

 ぼくは飲まないもので、酒の味についてはなんともコメントのしようがない。

 とにかく美味しいお酒であることは確からしい……あ~駄目だ、美味しいお酒ってどんな味? ぜんぜんイメージできません。

 ゴメンナサイ、わたしの負けですm(__)m。

カテゴリ: 日記

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Posted on 2007/01/26 Fri. 17:00    TB: 0    CM: 0

ダイナミックに行きましょう……って、え? 

1c29cb96.jpg ダイナミックと聴いて思い出す人が二人いる……いや、三人か。一人はブルーヘブン(元だね)のギタリスト吾妻光良氏。もの凄いギタリストなんですよ。ぼくはこの人から、歌謡曲以外にもいい音楽があることを教わりました――ゴメン、嘘です(でも、ある部分はほんと)。いえ、面識はないんですよ、言わずもがなのことですが。それはともかく、ブルースというのはようするに黒人の浪花節のようなものだろうと思っていたのだが、どっこい意外にかっこいいじゃんと目を開かされました。BB・キング、アルバート・コリンズ、ライトニン・ホプキンス、ロバート・ジョンソン、ゲイトマウス・ブラウン……。吾妻氏はその著作の中でダイナミックについて、

「其、ダイナミックとは、静と動のこと也(ソレダイナミックトハ、セイトドウノコトナリ)」

 と、擬古文調では言っていませんが(笑)、とにかくそういう意味のことを書いている。ようするにダイナミックとは静と動のことだと言ってるわけですね。これは吾妻氏がもっとも尊敬するとその著書の中で書いていたゲイトマウス・ブラウンのギターについてのくだりだった。

 そしてもう一人が、佐藤忠男氏。佐藤氏はその著作「黒澤明の世界」の中で、動いているばかりではダイナミズムは生まれない。動きはせき止められ、再び動き、そしてまた静止して動く。その中からダイナミズムは生まれる。そういう意味の文章を書かれておられた。黒澤映画「影武者」のなかの一場面について語った部分である。

 そして、その黒澤監督自身は自分の演出した立ち回りについて、実際に切り合う部分は極めて短い。その前後でぎゅっと盛り上げて、一気にやってしまう。だから短いチャンバラ場面でも客は満足する、とインタビューで語っていた。実際に用心棒の立ち回りは、パンクラスではないが秒殺である。

 なぜこんなことを書いているかといえば、ぼくがダイナミックなものが好きだからだ(笑)。音楽、映画、小説、マンガ、舞台、その他諸々の芸術表現を見るときのキーワードが「ダイナミック」ということになる。

 ただし、これはあくまでもぼくが感じるダイナミックであって、別の誰かにとってのダイナミックでは、多分ないだろうと思う。

 しかし、それでも宮崎駿のアニメはダイナミックだ。谷口ジローの「ブランカ」の疾走場面はダイナミックだ。あるいは「K」が谷底から吹き上げてくる風に身を任せ、切り立つ岸壁を手で登っていく場面はダイナミックの極みだ。手塚治虫の作品はどれもこれもダイナミックだ。J・エルロイの「LAコンフィデンシャル」や「ホワイトジャズ」はダイナミックだ。バーデン・パウエルのギターはダイナミックだ。S・キングの「シャイニング」はダイナミックだった。ジョン・フォードの「荒野の決闘」はセンチメンタルでダイナミックだった。ジェームス・ブラウンは存在自体がダイナミックだった。レイ・チャールズは歌う姿がダイナミックだった。朱理エイコの歌声はダイナミックだったし、上々颱風のチャンチキサウンドはダイナミックだ。
 好きなものは他にもいっぱいある。

 ……そうだ、大友克洋の作品もダイナミックだ。

カテゴリ: 日記

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Posted on 2007/01/26 Fri. 16:00    TB: 0    CM: 0

お喋りが止まらない 

 喋りだすと止まらない。

 もちろん、ぼくのことである。言葉が頭の中で旋回をはじめ、喋り続けていないと窒息死する――なんてことはないが、とにかくしゃべっている事は好きである。

 明日は仕事も休み。だからこうしてブログを書き続けている。

 同居人はネットの懸賞で当てた吟醸酒(度数が二十度近くある奴)を飲んで眠ってしまった。こういう状況を歌った歌がある。

『愛は歌の中に』という曲で、ようするに男が友達と電話で話したりしながら眠っている恋人だか嫁さんを恨めしげに見ているという曲だ。名曲ですよ。

 それはともかく、同居人がぼくにブログをすすめた理由のひとつには、このお喋りを何とかしたいと思ったからなんじゃなかろうかと、勘ぐっている。たとえば一時間のドラマを見ているとする。ぼくは横で二時間分を喋る。それでもまあ、こうして一緒に暮らす前は、それも結構楽しかったらしい。そりゃそうだ、一つ屋根の下で暮らしているわけじゃないんだから。

 だが、一緒に暮らし始めてみると、これが結構辛いらしい。同居人は骨の髄までプラグマチスト。掌がきっと電卓でできているはずだ。ぼくはどちらかといえば情緒的なものを優先するほうだから、まあ水と油で程よい距離を保ちながらうまく行っているような気がする(そう思っているのがぼくだけだったらどうしよう……)。

 それで、喋りだすととまらない話なのだが、こうして文章を書いていることは、ぼくにとって喋りまくっているのと同じ効能がある。確かに同居人を悩ませるお喋りは少し収まったらしい。

 司馬遼太郎氏は小説という表現形式の頼もしさは、マヨネーズを作るほどの厳密さもいらないことだと書いていた(はずだ)。ぼくは小説を書いたことも書こうとしたこともないからわからないが、適当に言葉を吐き散らしても、ここなら同居人を悩ませることもないだろう。安心している。そのうち疲れて眠るから。

 平井和正氏は不可解な力に操られ、卑猥な言葉を喋り続ける男を描いたことがある。

 ぼくは卑猥なことは多分喋らないし書かない(と、思う)が、沈黙していることは嫌いだ。罵り合ってもいいから喋っているほうが好きだ。

 ちなみに、個人的な意見ながら、黒澤明監督の映画が好きなのは、登場人物が日本人離れして喋ること。言葉を尽くして、自身の感情を吐き出そうとしているように見える。あの人たちは、日本人ではないように見えるときが、確かにある。黒澤監督は、

「ぼくのシナリオは長い」と、言っていたはずだ。

カテゴリ: 日記

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Posted on 2007/01/26 Fri. 02:00    TB: 0    CM: 0

ぼくとギター3 

 さて、フラメンコギターである。何はなくともフラメンコギター。

 とにかく、後に演歌歌手になり、マグロ船の歌を歌うようになるとはそのころ想像だにしていなかった親戚のお兄ちゃんからクラッシクギターの手ほどきを受けた。

「戦争を知らない子供たち」を歌うようなギターではなかったが、根が凝り性というか、いくらか(いや、かなり相当)偏執的なもので、たちまちはまりました。

 当時使っていたのはヤマハのクラッシクギターだった。

 元々、小学生の頃はウクレレを弾いていたこともあり、弦を指で弾いて音を出す楽器は好きだった。ウクレレを弾いていたころの愛称歌は守屋浩、アハハハ。ウクレレを掻き鳴らし、

「ぼ~くの恋人と東京へイッチッチ~」と、小学生が歌っていたのである。

 たぶん、奇妙な光景だったと思う。しかし、奇妙であることをのぞけば、守屋浩さんは今でも好きです。いや、守屋浩さんが奇妙なんじゃない、ぼくが奇妙ということです。とにかくあの声、たまんないねえ。それから新川二郎さんの『東京の灯よいつまでも』も好きだし、我らが中ちゃんも歌った『カスバの女』は、今でも愛唱歌だ。あ、それから『夜の銀狐』は泣ける(ーー;)。

 それはさておき、とにかくギターを習い始めたのだが、すこしギターがわかってくるともういけない。クラッシクギターの練習がつまらなくなってきたのだ。クラッシクギターがつまらないのではない。練習がつまらないのだ。と、同時にギターでなにそれの曲を奏でるというよりも、歌の伴奏としてのギターの方により魅力を感じはじめた。

 ギターを教えてくれたお兄ちゃんは今でも時々あいますが、そりゃプロのクラッシクギタリストとはいえないが、それでもギターだけの演奏能力も相当ある人だった。

 しかし、後に歌手になるような人である。歌が嫌いなわけがない。ぼくが歌の伴奏としてのギターを求めているとわかると、たちまちそちらの方向にシフトチェンジした。このお兄ちゃんには二年ほどギターを教えてもらったが、恥ずかしながらクラッシクの曲は一曲も弾けない。その代わり歌謡曲っぽい曲なら弾くことはできる。たとえば『真っ赤な太陽』とか『ザ・ガードマンのテーマ』とか、そういった感じのものね。

 一応アポヤンド奏法からトレモロ奏法までできるんですよ(エヘン)。でもややこしい譜面を見るともう駄目です。ちなみに#なら四つまで、♭ならひとつが限界です。それ以上ごちゃごちゃ記号がついてくるともう何がなんだかわからない。

 それから、初めてギターを弾いて歌った(弾いた曲ではない、弾き語りをやった曲だ)歌は、『真夜中のギター』だった。

                   続く……

カテゴリ: 音楽

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Posted on 2007/01/26 Fri. 01:17    TB: 0    CM: 0

ギター(写真) 

df135acb.jpg写真をアップするのを忘れたので……

カテゴリ: 音楽

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Posted on 2007/01/26 Fri. 01:00    TB: 0    CM: 0

中村中さんについて 

d858e073.JPG ……って、なんてべたなタイトルなんだ(笑)。

 しかし、多少の迷走はあるものの、本格的にブログをはじめたことだし、いま一番好きなミュージシャン、中村中さんについて書いてみようかなと。テスト投稿でも今度落ち着いて書きますと宣言したことだし、まあ……

 驚くなかれ(驚くこともないか)ぼくがはじめて中さんを知ったのは、FMで『汚れた下着』を聴いたことだった。だから知ったのはデビュー間もない頃だった。
 聴いたとき、まずタイトルにびっくりした。

 話は変わるけれど、その昔、徳間書店から出ていた『SFアドベンチャー』という雑誌に荒巻義雄さんが創作教室を連載していて(雑誌はちがったかもしれない)、その中でアイデアをひねり出す方法として、異質なものを組み合わせろということを書いておられた。このやり方自体は、アイデア創出方として昔からあるものかもしれないが、とにかくその意味からいえば『汚れた』と『下着』を組み合わせたセンスに参っちゃいましたね。話はまた横道に逸れるけれど(笑)、映画評論家の故淀川長治氏は、いい映画はタイトルからして良いと言っておられたけれど、その通りだと思う。いい題名はもうそれだけで色々なことを想像させる。

 どうです? 

『汚れた下着』

 最高じゃないですか。ほんとうに色々なことを想像させてくれる。奔放と背徳にどっぷりと浸って生き、薄暗く淫靡な微笑を湛え、爛熟の気配をまといつつ、そのくせ哀愁まで感じさせてくれる。そんなタイトルじゃないですか(「兄ちゃん、ちょっと言いすぎだぜ」←ここ、日活映画のエースのジョウの気分で言ってみてください)。

『セックスと嘘とビデオテープ』という映画があったけれど、これはそれに匹敵するくらいの秀逸なタイトルだと本気で思っている。

 で、曲を聴いてまたびっくり。懐かしいけれど新しい、新しいんだけれど懐かしい――歌われている登場人物や状況は現代的なのに、作風は昔の何かを思い出せさせる、そんな感じだった。そう、この歌なら、金井克子さんとか歌手だった頃の夏木マリさんが歌ってもいいって感じだった。

 でも、なぜか女性が歌う歌だと思った。「ナカムラアタル」という予備意識なしで名前だけを聞けば男性(?)と思ってしまいそうな名前ながら、それでもこれは男目線の歌ではないと思った。少なくともぼくらの世代の男は、いくら好きな女性に髪の香を誉めてもらても、わざわざ歌にして歌おうなんて思わない(笑)。つまりこれは女性が男性の目線で書いた詞か、もしくは男性だけどきわめて女性的な何かを持った人が書いたんだろうと思った。これもタイトルの力ですね。

 そして名前――

「ナカムラアタル」

 ……ってどんな字を書くの?

 で、さっそくネットで検索してみた。平仮名で「なかむらあたる」。 結果、あの伝説のジャケット{伝説ではねえか(^_^;)}を見たわけです。

 とにかく、なんともあくの強い女性歌手がデビューしたものだと思った。しかもあなた、名前が中村中ですよ。印象はやはり強かった。

 とにかく、それがぼくの中村中事始だった。

 その頃、仕事が馬鹿げて忙しく、本来大好きな音楽をゆっくりと聴く間もなかった。だから『汚れた下着』を気にかけながら、それから数ヶ月間は中村中とは無縁に生活することになる。ようするに仕事に追われていたわけね。ぼくが再び中さんに回帰していくのは(オーバーだねどうも)、あのドラマの放送直後ということになる。

                               続く……

 なお、写真は本文とは何の関係もありません(笑)。ごちゃごちゃと文章だけだと何となく淋しいし、うざいと思ったので……。

カテゴリ: 中村中

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Posted on 2007/01/25 Thu. 20:58    TB: 0    CM: 0

ブログタイトル変更……いやはや、迷走しております 

 いやはや、相当迷走しております。

「つい一昨日、本格的にブログはじめます宣言をしたばかりなのに、もうタイトル変更かよ!」

 と、いまのところおそらくは唯一のこのブログの読者である同居人から、嘲りと叱責の混じった声が聞こえてきます。

 しかし、考えるにつけ、あのタイトルはいくらなんでもな感じがして、変更に踏み切りました。

『日々是闘争』……何かこう信念や思想とワンセットになった言葉のようで、信念とも思想ともはるかに縁遠い自分としては忸怩たるものがあるし、第一何か特別なことをしている人なんじゃないかと勘ぐられてもいやだしと、仕事も手につかないほど色々と考えていました。じゃあおまえはなんでそんなタイトルをつけたんだと訊かれれば、あっさりと、

「深く考えずにつけました」

 と、お答えします。もちろん、開き直っています。

 最初頭に浮かんだタイトルは『日々是平安』でした。すると、そのタイトルを見た同居人が、

「あら、その名前のブログならこの前見たわよ」と、言われて、あっさり却下。

 次に考えたのが、『日々平安』。するとまたまた同居人が、

「椿三十郎なの」と、隣から思いっきり嘲笑うかのような顔で見ておりまして……『日々平安』は言わずと知れた我らが黒澤明の傑作「椿三十郎」の原作ですね(今度青島刑事でリメイクされるあれです、ちなみに原作は山本周五郎)。でまあ色々と考えて、これも却下。

 ぼくの場合、まとまったことを考えるのはどうも苦手で、考えるということそのものが、何かこう迷走しているようなところがあります。たとえば今回、なにかいいタイトルはないものかと考えているとき、ふと昔読んだ平井和正さんの小説のあとがきを思い出したわけです(平井和正さんは自分であとがきを書く人でした、幻魔大戦を書き始めてから読んでいないから、いまもそうなのかどうかわかりませんが)。

 あれは多分、「リオの狼男」だったと思いますが、もしかすると「人狼地獄変」だったかもしれません。が、とにかくその後書きの中で平井さんはこう言っています。「人をほんとうに熱中させるのは趣味だ」と――それがどういう文脈の中で語られたかは省きますが、その一文を思い出したとき、思わずぽんと膝を一打ちして、

「そうなんだ、これは趣味なんだ」と、考えたわけです。

 そこで今回のタイトル

『Gitanの趣味』

 というタイトルにしたけです。このブログは、ようするにぼくの趣味を書き連ねてみようという気分もあるわけで、「Gitan」はともかく(笑)「趣味」については、まあそう外れてもいないだろうと――。

 そんなわけで、タイトルは変わりましたが、内容は変わりません。

 てか、変わりようがない。

 そんなわけで今後ともよろしく。
 

カテゴリ: 日記

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Posted on 2007/01/25 Thu. 12:17    TB: 0    CM: 0

ぼくとギター2 

 とにかくフラメンコギターが欲しかった。はじまりは一枚のジャケット。CDじゃない。LPである。サングラスをかけた長髪のミュージシャンが抱えていたギターが、なにを隠そう(別に隠すことはないが)フラメンコギターだったのだ。ジャケットに写っているギターには相当傷がついていた記憶がある。そのミュージシャンと一緒に、様々なステージを過ごしてきたんだろうと、容易に想像ができた。

 そのミュージシャンの名前は、長谷川きよし。

 ギターをはじめたのは中学生の頃だった。その頃、ぼくの前には二つの選択肢があった。ピアノかギター。どっちを選ぶか。迷わずギターと言ったのは、あるイメージがあったからだ。ギターを抱えて「戦争を知らない子供たち」を歌っている自分の姿である。アハハハ。馬鹿だねどうも。だからその時点でぼくの頭にあったのは、ナイロン弦を張ったギターではなく、いわゆるひとつのフォークギター(こんな呼び方はしないのかな)だった。とにかくぼくはギターをはじめた。

 ピアノのほうは近所に先生がいたのだが、ギターのほうは草深い田舎にはさすがにいなかった。しかし、よくしたもので、親戚に三年くらいクラッシクギターを習っていた人がいたのだ。だからはじめたのは、なぜかクラッシクギターだった。フォークギターを抱えて「戦争を知らない子供たち」を歌う自分はいったいどこへ行ってしまったのか(そういえば「花はどこにいった」を歌うこともイメージの中にあった)……戸惑いつつ、迷いつつ、なぜかぼくは汗をかきながら、アポヤンドの練習を始めていた。

続く……

(ちなみに、ぼくにギターの手ほどきをしてくれた親戚は、その後歌手になりました。しかも演歌歌手。考えてみるとぼくと音楽の関わりは、出発からして、フォークソングとは無縁だったのかなあ……)。

カテゴリ: 音楽

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Posted on 2007/01/24 Wed. 00:09    TB: 0    CM: 0

ぼくとギター 

1f620b40.jpg 一応、本日より、Blogを本格的にはじめます(笑)。本格的といっても、この前のテスト投稿とどうちがうのか、あるいはどこがちがうのか、違いがあまりにも不明確じゃないかとクレームがつきそうだが(多分つかないだろうけれど)、まあ言ってしまえばこれは気分の問題といったこところでしょうか。何事もけじめが大切。

 だからね、今日が記念すべき、(本番)第一回の投稿ということで、まあヨロシクです。

 多分、誰も読んでいないだろうなあ……

 さて、写真――これはギターである。見ればわかるか(笑)。が、このギターをみて、「おや、これはもしや……」と思った人は、中々のギター通である(かな?)。

 見た目は普通のガットギターのようだが、これはフラメンコ用のギターである。材質や構造が普通のガットギターとちがう。細かい話は面倒だからすっ飛ばすが、ようするに普通のガットギターに比べて、音が出しやすい。しかし、その反面、ガットギターのような重厚な音は出ない。

 このギターはぼくが高校生の頃に買ったもので、だから、ずいぶん長い間使っている。これからこのBlogで、ぼくとギターのかかわりについても語ることがある(……じゃないかな)と思ったので、記念すべき第一回の投稿にギターを選んでみた。

カテゴリ: 音楽

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Posted on 2007/01/23 Tue. 00:05    TB: 0    CM: 0

さらにテスト 

29cda12f.jpgこれもテスト。
写真です――当たり前か(笑)

カテゴリ: 日記

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Posted on 2007/01/23 Tue. 00:00    TB: 0    CM: 0

これもテスト投稿 

とまあ、こんな感じでBlogをはじめたわけだけど、そのまんま東が知事になるという仰天な出来事がありました。いや、(@_@)です。
世の中、何が起きても不思議ではないというところでしょうか。
因みに、これもテスト投稿です(笑)。

カテゴリ: 未分類

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Posted on 2007/01/22 Mon. 00:00    TB: 0    CM: 0

中村中 

最近、この人にはまっている。
いいなあ、中村中。
どこがいいか(ニヤリ)。
それはまた次回。今回はまだテスト運用中だからね。

カテゴリ: 未分類

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Posted on 2007/01/22 Mon. 00:00    TB: 0    CM: 0

とりあえず…… 

Blogなるものをはじめました(笑)。
ずいぶん昔、HPを持っていたことがありますが、更新が面倒くさくて辞めました。根気とやる気に欠けるぼくのことですので、このBlogもはたしていつまで続くことやらわかりませんが、まあとにかくやれるところまでやってみようか――てな感じです(笑)。

因みにこれはテスト投稿です(笑)。
本番は次回。

カテゴリ: 未分類

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Posted on 2007/01/22 Mon. 00:00    TB: 0    CM: 0

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