Gitanの趣味

ひたすら趣味の道を走っています(ニヤリ)

07« 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.»09
 

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

カテゴリ: スポンサー広告

[edit]

Posted on --/--/-- --. --:--    TB: --    CM: --

真夜中の十字路 

 真夜中の十字路でロバート・ジョンソンは悪魔に魂を売り渡して卓越したギターテクニックを手に入れたという。いわるゆ『クロスロード伝説』だ。この伝説をモチーフにした映画も造られた。観たことはあるが、面白いかどうかは微妙だった。
 ロバート・ジョンソンはLPを持っている。CDではない、LPである。若いころにちょいとかっこうをつけて、ブルースなんぞをわかるつもりで聴いていた(笑)。もちろんブルースは素晴らしい音楽である。一流の演奏は、ジャンルを超えて聴く者に感動を与える。
 ブルースについていえば、ロバート・ジョンソンだけではなくライトニン・ホプキンスだとかスリーピー・ジョン・エスティスだとかあの辺りを聴いていた。BB・キングは『ジャングル』だったと思うが、一枚だけアルバムを持っている。が、ちょっと好みとはちがう。ゲイトマウス・ブラウンは文句なくかっこいいと思った。
 好きと書いたがこのあたりは微妙である。ぼくの趣味はどちらかといえばラテン系の音楽で、ブルースについては何となく自分を偽って聴いていたようなところがある。当時、つまりぼくが若かったころ、周囲にはブルースがかっこいい、ブルースが好きだという連中がけっこういた。そのなかでひとりフラメンコが好きだ、サンバが好きだと頑張っていたわけだが、多少は世間に合わせることも必要だと判断したわけだ(笑)。
 ロバート・ジョンソンのアルバムを手に入れようと思ったのは、『ブルースギター入門(だったと思う)』という教則本の中で紹介されていたからだった。
 いま手元にその本がなく著者が誰であったかわからないのだが、当時ブルーヘブンのギタリストだった吾妻光良さんの名前が出てきたことは覚えている。
 著者は失念してしまったが、これは並みのギター教則本ではなかった。なんというか読み物としてそうとう面白かった。その本の中でロバート・ジョンソンは単にアメリカにおける黒人音楽の創始者のひとりというだけではなく、ブルースにおけるいまに続くギター奏法の創始者というような位置づけで紹介されていた。
 つまり、人類史上稀に現れる天才のひとりであるということだ。彼が残した二枚のアルバムはアメリカの文化遺産ということは当然のこととして、さらにその上、人類の文化遺産として位置づけられてもおかしくない――と絶賛されていた。いや、そこまでは褒めていなかったかもしれないが。
 とにかく、そこまで書かれるほどのミュージシャンとはいかなるものか。はたまたそのテクニックはそれほど凄いのか。
 当時はまだロバート・ジョソンの写真はないと言われていた。ちなみに写真については現在でも本人だと確認されたものは2枚だけらしい。
 写真もなく、天才的なギターテクニックとソングライティングの才能に恵まれ、人妻との不倫の果てに29歳で毒殺されたという噂をきけばそれは聴きたくなって当然というものだ。しかもクロスロード伝説である。
 ロバート・ジョンソンはその後写真も発見され、死因は毒殺でも射殺でもなく病死(妹の証言)だったということで落ちつたらしいが、伝説と神秘に包まれたミュージシャンの遺した音楽を聴いてみたくないわけがない。好奇心を激しく刺激される存在なのだ。
 で、聴いた。
 驚いた。たしかにそれは歴史的遺産だった。ようするに古い録音だった。雑音が多く、ギターの音もボーカルもくぐもったようで、こちらのセンスの問題が大きいのだろうが、凄いのかどうかよくわからなかった。
 ひとつにはぼくにブルースを理解する心が欠けていたこともあるとは思う。ただそれにしても古いことは古かった。人類史上初めて――なのかどうかわらかならいがとにかく最初に近い時点で――ウォーキングベースとメロディを同時に弾きこなした人物、あるいはそれを録音した人物という意味での重要性は大いに納得できても、聴いて楽しめるかといわれると、ぼくの場合――
「……?」
 と、なってしまう。ブルース好きの人には誠に申し訳なく思うのだが、これはもう好みの世界の話しなのでご勘弁いただくしかない。
『Love In Vain』はあのローリングストーンズも、クラプトンも歌っているくらいだから名曲なのだろうとは思う。ただ、ブルースのメロディというのは、ぼくにはいまひとつよくわからないところがあり、評価できるほどの耳がない。
 ぼくの能力の問題はさておき、ロバート・ジョンソンという人は、つまりそういう曲――時を超えて評価され歌い継がれる曲を書くことのできる人だったのだ。中途半端な聴き手であるぼくなどの理解を超えた存在――キリコ・キュービーではないが時たま人類のなかに現れる異能者か、はたまた天才だったのだろう。
 才能にあこがれるのは人間の常だと思うが、才能は一種の毒気でもある。司馬遼太郎さんがゴッホについてそんなことを書いている。ロバート・ジョンソンについて考えるとき、確かにそうなのかなと思ったりもする。ロバート・ジョンソン伝説は、あたかも彼が才能によって殺されたといっているようにきこえる。
 真夜中の十字路で悪魔と取引をしてでも手に入れたいものが才能だが、天才であったり異能者であったりすることの代償は高くつくものかもしれない。
 ちなみに一番好きなブルースマンは、ぼくの場合、アルバート・コリンズである。
スポンサーサイト

カテゴリ: 音楽

テーマ: 雑記 - ジャンル: 小説・文学

[edit]

Posted on 2011/09/10 Sat. 20:10    TB: 0    CM: 0

はたしてカスバに雨は降るのか 

 いったいどれくらいの人が覚えていてくれるのかわからないが『カスバの女』という歌謡曲がある。『夜の銀狐』に並ぶほどの名曲としてぼくの中では位置づけられている。
 余計な告白かもしれないがぼくはめったにカラオケに行かない。というかほぼいかない。自分から行くということはまずない。世間のしがらみで、もはやどうにも拒否することができないというそのときにだけ行くことにしている。そんなとき、歌うのはほぼ決まって『夜の銀狐』である。
 もちろんぼくのカラオケ嫌いにはちゃんとした理由がある。下手でも一応楽器は弾くから音楽的な素養はあるほうだと思っている(笑)。が、歌となるともういけない。音痴ではないと自分では思っているが、悪声なのだ。それほどでもないといってくれる人もいるが、どうもお世辞かはたまた同情から発せられた言葉のようで、その言葉だけは信じられない。人前で歌うことにぼくは臆病である。カラオケ全盛の時代にこういう可憐な人間がいてもいいはずだ(笑)。
 個人的な問題はさておくとして、『カスバの女』に話を戻す。この曲を隠れた名曲といっていいのかどうかわからないが、『夜の銀狐』と並びある世代の人たちの間ではよく歌われている曲――と思っている。カラオケ事情にとんと疎く、実際にはどうなのかわからないのだが、ぼくのなかではおじさんたちの愛唱歌みたいな位置づけであるのはまちがいない。もしかするとおじいさんに近づきつつあるおじさんたちかもしれないが。
 いつだったか中村中さんがこの曲をライブのオープニングにアカペラで歌ったことがあるときいたことがある。それは見事なものだったとあちこちで読んだ。聴いてみたかったと思っている。
 この曲は――

 涙じゃないのよ 浮気な雨に
 ちょっぴりこの頬 濡らしただけさ

 という歌い出しである。実はこれが気になって仕方がなかった。アルジェリアといえば条件反射的に砂漠を思いうかべてしまうのである。
 ――そんなところに雨は降るのだろうか。
 と、いうのが素朴な疑問だった。少し調べればわかりそうなものなのだが、実生活にさほど影響を及ぼすことでもないし(というか全く影響がない)、そのまま放置しておいた。
 もうひとつ気になっていたことは、最初にこの曲を歌った方のことである。エト邦枝という名前を見てどういう人だろうと興味津々だった。ご両親のどちらかが海外の方かと思わせる名前だが、フランク永井とかジェームス三木とかいう芸名と同じだろうと思っていた。ジェームス三木さんはあの脚本家のジェームス三木さんである。脚本家としては一風変わったペンネームだが、歌手時代の名前をそのまま使っているということだった。
 当時、こういった――なんというか外国風の芸名がわりと流行っていたとテレビで仰っていたのをきいたことがある。。
 驚いたのはエト邦枝だという方が、帝国音楽学校出身だったということを知ったときだった。藤原歌劇団に所属していたこともあるというから、クラッシクの勉強をされた方だったのだ。
 驚いたと書いたが、当時の歌手の方はこういった経歴の方が多い。あのブルースの女王淡谷のり子さんも、クラッシクをしっかりと学んだ方だったというのは、誰でも知っている話である。十年に一人のソプラノ歌手と呼ばれたそうだから、その実力のほどはわかろうというものだ。
 エト邦枝さんの歌声はYouTubeでも聴くことができる。ぼくが見た映像は当時の盛り場の映像にエトさんの歌声が流れるというものだった。白黒の映像をみていると、この歌が発表されたのは昭和三十年だが、それ以前の時代――『麻雀放浪記』のころを思い出してしまう。
 エト邦枝さんは、ヒット曲にも恵まれず、不遇なまま歌手生活を終えられたようである。このあたりはネットでいくらでも拾える情報だから詳しく書かないが、晩年は観光バスガイドさんの指導をされ、自宅でカラオケ教室を開いておられたということだった。
 ここまで『カスバの女』について書いてきて、いまさらという感じもしないではないが、ぼくはこの曲が大好きである。
 もちろんカラオケにめったに行かないぼくが歌うことはないし、よんどころない事情があってカラオケに行くときは初めに書いた通り『夜の銀狐』を歌うことにしている(笑)。
 なぜ『カスバの女』が好きなのか。この曲をきいて思い浮かべる映画があるからだ。それも二本ある。
 ひとつはもちろんあの『モロッコ』だ。これはまあ、しかし、至極当然なことでこの曲自体があの名作をモチーフに書かれたのではないかと思えるほどイメージがダブっている。勝手な想像だが、おそらくそう外していないと思っている。
『モロッコ』のラストはあまりにも有名だ。ヒロイン=マレーネ・ディートリッヒが恋人を追って、裸足で砂漠を走っていく。
 しかし、当地モロッコの人々はあの場面を見て笑ったそうである。炎天下の砂漠を裸足で歩けるわけがないというのがその理由らしい。いったことがないのでわからないが炎天下の砂漠というのはものすごく熱いらしい。これは淀川長治さんの著作で読んだ記憶がある。
 あれはもちろん映画的表現で、現実の砂漠とは異なるものだろう。映画的現実、あるいはヒロインの心情を映像的に表現したもの、というところか。たとえば『椿三十郎』の有名なラストにしても現実的ではないと赤川次郎氏は書いていた。仮に心臓を斬ってもあんなふうに血が飛ぶことは、心拍との関係でまずないというのがその理由だ。
 ただ『モロッコ』の製作スタッフがほんとうの砂漠を知っていたかどうかは微妙だという気がする。
 現地の、実際の砂漠を知っているモロッコの人々から見れば、それはやはり滑稽な場面だったのだろう。『ラストサムライ』を見てぼくが、
「これ、なんか日本じゃないよね」
 と、思うことと同じだ。
 さて、もうひとつ思い出す映画は『望郷』である。ペペ・ル・モコだ。この記憶は曖昧で間違いがあるかもしれないが、それを承知で書く。このブログはいってみれば個人的な日記(のようなもの)であるから間違いや記憶違いがあっても許してもらえるだろう――と、長々と言い訳を並べておいて――
『望郷』のなかのある場面にそれを感じる。酒場の場面かあるいは安いホテルだったかよく覚えていないのだが、豊かな肉体の老いた女性が見事な歌を聴かせる場面がある。彼女の背後の壁には写真が一枚張り付けてある。その写真は小さくてよく見えないのだが、もしかすると彼女が若いころ、華やかな舞台で歌っている写真ではないかと思わせるのだ。そこに『カスバの女』の二番の歌詞が、ぼくの場合かぶるわけである。

 花はマロニエ シャンゼリゼ 
 赤い風車の踊り子の
 いまさら帰らぬ 身の上を

 というあれである。「赤い風車」というのはもちろん《ムーランルージュ》だ。映画『望郷』のあの女性の過去とはちがうが、それでも華やかな過去を持つ誰かが、流れ流れて地の果てに行き着いたというのは昔から変わらぬ映画的設定だ。この種の設定は洋の東西を問わず悲しみの感情を喚起する力がある。今はどうか知らないが、そんな時代があったのはまちがいない。
 そんな感じで、自分がマイクを持って歌うことはまずないが『カスバの女』は、ぼくにいろいろなイメージを喚起させてくれるという点で間違いなく名曲である。
 ちなみにアルジェリアの降水量だが、東に行くにつれて多くなるらしい。場所によっては1000㎜近くになるところもあるらしいから、かつての踊り子の頬を濡らす雨が降ることも、まあありかなという気がする。
 ついでのことに、1971年から2000年にかけての日本の年平均の降水量を書いておくと、世界平均のほぼ二倍1718㎜だそうである。

カテゴリ: 音楽

テーマ: 雑記 - ジャンル: 小説・文学

[edit]

Posted on 2011/08/26 Fri. 20:12    TB: 0    CM: 0

クリスマスの約束 

 12月25日に放送された『クリスマスの約束』という番組を見た方も多いと思う。21組34人のアーティストが、それぞれの代表曲をリレー形式で次々に歌い継いでいくというこの企画のタイトルは『22'50"』。34人が歌いきるまでの時間が22分50秒。
 小田和正さんの『クリスマスの約束』という企画はこれで八回目らしい。なぜか一回目から見ている。すべてではないがほとんど見ているはずだ。実をいうと小田和正という人の熱心なファンではない。特に嫌いではないが、ぼくの好みとは少し違う。
 もちろんオフコースの時代から知っているが、活動について特に気にかけるということはなかった。日本人のミュージシャンでいえば、たとえば――長谷川きよし、浅川マキ、ビギン、リトルクリーチャーズ、ナーキ、電気グルーブ、上々颱風といったミュージシャンたちとは、ぼくのなかで別の位置にいる人なのである。
 ではあるけれども、なぜかこの番組は、見るともなく見ていることが多かった。どの回だったかは忘れたが、気になるミュージシャンのひとりである斉藤哲夫さんが出演したことがあった。もちろん『悩み多き者よ』を歌った。
 キャリアというはつくづく凄いものだと思った瞬間である。大メジャーの小田さんとはまるで違うタイプのミュージシャンである斉藤哲夫さんだが、こういう人まで引っ張り出してこられるのは、長年業界で生きてきた強みというやつだろう。キャリアに支えられた人脈というのは本当に凄い。
 この分でいくと、いつか《休みの国》が登場して『追放の歌』を歌うかもしれない――という期待を持ってしまう(笑)。あるいは岡林信康が突如としてあらわれるかもしれない。ほんとに浅川マキがやってきて『かもめ』なんぞを歌ってくれるかもしれない。もちろん、そんなことはないだろうが。

 今回、この番組を見たのは、何となくというわけではなかった。気になるミュージシャンのひとりである中村中さんが出演すると知ったからだ。で、感想だが、良かった。その一言につきる。もともと歌のうまい人ではあるが、さらにうまくなっていた。そして、なによりも楽しそうだった。
 中村中さんが『友達の詩』を歌っているそのとき、カメラが会場の観客をとらえた瞬間があった。泣いている女性がいた。この歌の持っている凄さを改めて感じた。同時にこの曲が中村中を苦しめるかもしれないとも思った……まあいいかな。この一曲を持てる歌手はそれだけで幸せなのかもしれない。
 最後に、小田さんの曲を全員で歌った。そのとき、中村中さんと夏川りみさんの繋いでいる手がアップになった。あれは中さんの手だったのだろう。長くきれいな指がリズムを打っていた。贔屓目か、あるいは思いすごしか、それともその両方か、カメラが中村中さんを映すことが、やや多かったように思う。

カテゴリ: 音楽

テーマ: 音楽 - ジャンル: 音楽

[edit]

Posted on 2009/12/26 Sat. 22:14    TB: 0    CM: 2

『椅子』が好きだ 

 昨日は11月22日。《いい夫婦の日》だということを、職場の同僚に教えられた。日常的、あるいは常識的なことにきわめて疎いもので、この世の中にそんな日があること自体しらなかった。
 しかし、いい夫婦とはねえ……昔『いい人』とかいうドラマがあったと記憶している。もとは漫画だったはずだ。いい人とかいい何々というのは実に定義が難しい。へそ曲がりのぼくは、『いい夫婦』などといわれると、
「とりあえず脱法行為をせずに夫婦でいられるのなら、それがいい夫婦だろう。夫婦の数だけ夫婦の形があるんじゃないのかい」
 と、口を尖らせて言いたくなる。大人げないことこの上もない。

 いい夫婦がどんなものかわからないが、『椅子』という歌が好きだ。岡本おさみの作詞、長谷川きよしの作曲になるこの曲は、やわらかいメロディーが心地よいし、なによりも詩がとても好きである。

 その椅子には 行きずりの女が座るんじゃない
 ショールより温かく 君が座るんだ

 という部分がある。
 古手川祐子さんという女優さんがいるが、田中健さんと結婚した時、新郎自身がこの曲を歌ったと記憶している。ちなみに恥ずかしながらぼくも歌ったことがある。結婚式の時だった。
 自分の結婚式ではない。友人の結婚式の余興で、この曲を歌った。自慢すると、それは田中健が当時とても可憐だった新婦古手川祐子のためにこの曲を歌う前のことだ。後で田中健の話を聞いて、本当に『椅子』を歌ったのなら、この曲から同じようなイメージを受けた人が自分以外にもいたのだと思い、とても嬉しかった。
 心変わりをする男と女を歌った歌はいくらでもあるが、変わらぬ優しさや、ひとりへの想いを歌った曲というのは案外少ないような気がする。別れの悲しみを歌った曲もたくさんあるが、この人と一緒に生きていこうという気持ちを、明るく歌った曲も少ない――か、あってもぼくはあまり知らない。
 もっとも、この曲の最後の部分には、皮肉な視点も含まれている。ぼくが結婚式の余興でこの曲を友人と演奏した時は、最後の部分を敢えて歌わなかった。嘘でもなんでも、とにかく永遠の愛を誓う場には不似合いだと思ったからだ。

 岡本おさみという人の詩の持つイメージは、いってみれば“盲点を突かれる”とうものだった。もちろん個人的なことだ。ぼくにとって岡本おさみさんの詩は、普段気づかない世界の出来事のひとつを、
「ほら、こんなこともあるだろう」
 と、見せてくれる、そんな感じだ。
人間が何かを表現するということは、基本的に自分の感性で世界を再構成することだと思っている。絵、言葉、数式等々。別に特別なことではなく、ぼくも含めてその他大勢に含まれる人々の、幸福だが平凡な日常生活でも、実は営々と世界の再構成をしているように思えるときがある。
 すぐれた芸術作品は自分では気づかない世界の何かを見せてくれる気がする。ぼくには見えない何かが見えている人が確かにいるのだと気づかせてくれる。そこに感動する。他にも岡本おさみさんには好きな作品がある。
 吉田拓郎とのコンビが有名だが、実は長谷川きよしさんとも素晴らしい作品を残している。『裸馬』『一人の女に』『さらば夏の光よ』『コーヒー・ショップ』『ぼくの足は旅路の道』等々。時任三郎さんが歌った『川の流れを抱いて眠りたい』という名曲もこの人の作詞だ。

カテゴリ: 音楽

テーマ: 歌詞 - ジャンル: 音楽

[edit]

Posted on 2009/11/23 Mon. 13:16    TB: 0    CM: 0

白石ありすは女性なのか? 

 覚えている人がどれだけいるかわからないが、白石ありすという詩人が好きだった。この人の作詞した曲は、たとえば吉田拓郎の『御伽草子』がある。上條恒彦の『都会の朝』、ぐっと渋いところでは小室等さんの『橋』というものあったと思う。1970年代から1980年代にかけて活躍されたと記憶している。
 最近ネットで、白石ありすさんは男性ではないかという記事を読んで、ちょっと驚いている。ぼくはてっきり女性だと思っていた。もっとも白石ありす男性説を書いておられた方も、確たる証があるわけではないらしい。
 なんでも小室等さんが、
「白石ありす氏」
 と、いっていたから男性ではないかということだった。
 白石ありすという人の詩を一番最初に知ったのは、上條恒彦さんの『都会の朝』という曲だった。

 鳥はまたいつか帰ってくるよ(戻ってくるよ、だったかな)
 この空を見上げたときに

 というフレーズがあり、そこに感動した。たいてい飛んで行ってしまった鳥は戻ってこないものだ。空を見上げれば鳥はまた戻ってくるというのは、なんともかっこいい。クールだ(笑)。
 白石ありすという人の出世作(だったと思うが)になった詩に――街は緑でいっぱい――というような内容のもがあったように記憶している。もうずいぶん昔のことで記憶も曖昧なもので、間違いがあるかもしれない。
 間違いがあることを覚悟の上で、続ける。この詩について聞いたのはラジオ番組だった。上條恒彦さんと小室等さんが話していた。とにかく、街は緑でいっぱいなのだという発想が好きだった。しつこくいうがこれは記憶ちがいかもしれない。
 白石ありすさんについて思いを巡らせはじめたのは、実はこの詩について調べたいと思ったからだった。何かのはずみでふと思い出し、ネットで調べれば分かるかもしれないと安易に考えていた。ところが白石ありすという人に関する情報、特に近況についての情報はネットにもほとんどない。すでに過去の人、ということなのだろうか。
 いったいどこに消えてしまったのだろう。いまでもどこかで密かに詩を書いていいてくれているのだろうか。また、いつか誰かが、白石ありすさんの詩に曲をつけて歌ってくれることを切に願っている。

カテゴリ: 音楽

テーマ: 音楽 - ジャンル: 音楽

[edit]

Posted on 2009/11/19 Thu. 20:39    TB: 0    CM: 6

プロフィール

最近の記事

月別アーカイブ

最近のコメント

最近のトラックバック

カテゴリー

FC2カウンター

メールフォーム

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。