Gitanの趣味

ひたすら趣味の道を走っています(ニヤリ)

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時を越えて! 

 ひとつ疑問に思っていることがある。咲さんはどこで口語文の文章を学んだのだろう。何の話をしているかといえば感動の名作『仁』の最終回である。時を越えて仁先生に届いた咲さんのラブレターは、長い物語の締めくくりに相応しく、感動的であるのだが、へそ曲がりなぼくはそこで立ち止まってしまう。
 近代日本の書き言葉は、『坂の上の雲』にも登場する正岡子規さんのあたりで完成するらしい。明治の中頃だ。江戸時代の人間である咲さんは口語文による文章表現をどこで学んだのだろう。それともあれは仁先生が咲さんの文語文の手紙を、頭の中で口語文に変換していたのだろうか。
 こんな意地の悪い見方であの感動の最終回に難癖をつけるのは、もちろんよくない。だからこう考えることにしている。たぶん、咲さんは仁先生との交流の中で、口語文を学んでいったのだろう。そう考えよう。
 変な難癖をつけるよりも、時間という絶対に越えられない壁によって引き裂かれた恋人同士の、救いのある(あくまでも《救いのない》ではない)悲恋に感動するべきなのだろう。とにかく、『仁』が終わってしまって、これから日曜日の夜をどう過ごすか考えなければならない(笑)。

 歴史の修正力という言葉がこの作品のなかでよく使われていた。多重世界についても語られている。この最終回、仁先生は修正された歴史の前に立ち尽くす。自分が江戸時代に残した足跡はそのままに、自分の存在だけが消されている。あれはある種の残酷である。
 あのラストを見ていて、ぼくは突然、小松左京さんも『地には平和を』という作品を思い出した。第一回のハヤカワSFコンテストで佳作か努力賞になった作品だったはずだ。コンテストでは佳作か努力賞だったが後に直木賞候補にもなった作品である。
『地には平和を』の内容をかいつまんでいうと昭和20年――あえて西暦は使わない――8月15日にもし戦争が終わっていなければというところから始まる物語だ。戦争が終わらなかった日本で生きた少年兵の物語である。
 戦争が終わらなかった歴史は意図的に作り出されたもので、最終的に消滅させられるものだが、存在している人間は、あってはならない歴史であってもそこで生きている。歴史の改変を修正するために訪れた未来人に、本来の歴史のなかにいる自分の姿を見せられてさえ、少年兵は戦いに固執する。
 この物語のラストは強く印象に残っている。ぼくたちが知っている歴史の中で生きて成長した少年兵は、平凡だが幸せな家庭を築いている。彼は妻子とともにハイキングか何かにきている。そこで奇妙なものを拾う。
 それは黒い桜をかたどった胸章だった。その胸章は消滅した戦争が終わらない時代に生きていた彼が所属していた部隊ものだった。胸章を手に取ったとき彼は自分の属する世界が色あせて見える……
 と、まあそんな感じだったと思う。こじつければ、『仁』の裏返しのようなラストだった(笑)。自分の生きている世界は実はかなりあやふやなものかもしれないと感じさせるラストを、温かく描くか冷たくつき突き放すか――と、いったとろことではないか。
 時間を扱った物語は感動的なものが多い。それはたぶん、歴史に、《もし》が許されないからだろう。優柔不断なぼくなどはしょっちゅう、
「ああ、あのときこうしていればなあ……」
 と、後悔の臍の緒を食いちぎっているようなところがある。答えはわかっているのだ。失敗だろうがなんだろうが、いまを生きるしかない。絶対に取り戻せないものを取り戻したいと思うのは人の常だが、こればかりは諦めるしかない。
 時間旅行が可能になった未来、しかし、人は自分が生きている時代の前後50年には行けないという法律ができている。これもたしか小松左京さんの作品のなかにあったような気がする。
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テーマ: テレビドラマ - ジャンル: テレビ・ラジオ

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Posted on 2011/07/09 Sat. 22:26    TB: 0    CM: 2

原発と未来 

 時期が時期だけに軽はずみなことは言えませんが、原発について立ち止まって一度考えるべき時期に来ているのではないかと、今回ほど思ったことはありません。『ゴルゴ13』に原発についての問題を提起した一編があったと記憶しています。『二万五千年の荒野』だったと思います。
 我々が膨大なエネルギーを使わなかった時代に戻れない以上、現時点では原発がどうしても必要である。しかし、そこには常に危険がつきまとう。では、どうすればいいのか。物語は我々に問いかける形で終わっていました。
 しかし、この問いかけがなされた時点で答えはすでに出ていました。我々の生活は原発なしでは成り立たなくなっていたか、少なくとも原発という存在を組み込んでこそ成り立つ将来像が緻密に描かれていたからです。
 原発は危険だというのは一面の真理だとは思います。しかし、その一方で原発の安全性が極めて高いことも事実だと思います。今回の事故は、想定を超えた災害が起きたためだというのは言い分としてはもっともな部分もあろうかと思います。
 ここのところで誤解を招きたくないので、重ねていいますが、原発――少なくとも日本の原発は世界でも屈指の安全性を持っていると信じています(というか信じたい)。ただそれだけの安全性をもってしても今回の事故が防げなかったということにショックを受けているのです。
 想定外の災害といいますが、相手は自然です。人間の思惑では動いてくれません。たとえば、今回の経験を踏まえた危機管理対策に基づく原発を建造したとしても、将来これまで最高だと思われていた災害を軽々と超える災害に見舞われる可能性は、絶対にないとは言い切れません。
 人間の歴史ではなく地球の歴史で見てみると、我々の想像を絶するような出来事はいくらでもおきています。人類は謙虚にならなければいけないとよく言われますが、謙虚にならざるを得ないというのが本当のところではないでしょうか。人智の及ばないことというのは無限にあると思っています。
 安全で安定的なエネルギーを大量に供給しなければやっていけない社会をどう評価するかは別にして、いまや原発を無視することも否定することもできないということは、深く理解するべきだと思います。
 原発に対する立場はそれぞれですが、その恩恵をどこかで受けて生活しているという現実をから目をそらすことはできないし、そらしてはいけないと思います。いったいわれわれはどうすればいいのか。賛成、あるいは反対の立場を超えて、真剣に考えなければならないという思いを強くしています。
 ぼくは市井の名もない一人にすぎません。ぼくの発言で何かが変わるということは絶対にありませんが、逆にいえばだからこそ、考えてみなければならないと思っています。この場合考えるというのは、青筋を立てて考えるというのではなく、頭の隅にいまの自分たちの暮らしの背景にあるものを、わずかでもとどめておくということです。

 最後に、今この瞬間にも暴走しようとする原発と戦い続けている方々には感謝してもしすぎることはありません。皆さんが、無事に家族のもとに帰ることができますように祈っています。暴走する原発と書きましたが、あくまでも比喩的な表現です。今回の原発事故がチェルノブイリのようなものでないことは、一応認識しているつもりです。

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テーマ: 日記 - ジャンル: 日記

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Posted on 2011/03/19 Sat. 16:10    TB: 0    CM: 0

東日本巨大地震 

 そろそろブログを更新しようと考えていましたが、さすがにその気になれません。マグニチュード9.0。想像を絶する自然の力に愕然としました。ひとりでも多くの方が救われることを祈っています。

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Posted on 2011/03/13 Sun. 12:56    TB: 0    CM: 2

能力のばらつきについて 

 天才と聞くとかなり高い優先順位で思い浮かべる一文がある。どんなものかというと、
「宮本武蔵はたしかに天才だったが、天才がもついやらしさがある」
 というものだ。司馬遼太郎氏が書いていた。著作『真説宮本武蔵』のなかにあったのか、それとも別の雑誌だった、どうもはっきりしない。この言葉を知ったのは、宮本武蔵関係の著作や雑誌をやたらと読んでいた時期だった。あっちの本やこっちの雑誌の内容が頭のなかに雑多に詰め込まれている。
 武蔵に対して興味を持てるのは彼が遠い過去の人間だからであり、もし、同時代を生きる人間であれば、絶対に近づきたくないタイプだとも司馬遼太郎氏は述べている。この意見には全面的に賛成する。たしかに天才と呼ばれる人物には、やっかみもあるが、どこかいやらしいところがあるような気がする。
 その天才ときいてぼくが真っ先に思い浮かべるのはやはり手塚治虫だ。その天才ぶりについてはさまざまに語られていていまさらここで書く必要もない。驚異的な記憶力、作品を仕上げる速さ、複数の作品を同時に描き、虫プロ倒産の際は押し寄せる借金取りをものともせずマンガを描き続けた。並みの人間ではない。
 たしかに手塚治虫という人は天才だったと思う。もちろん批判もあった。よくいわれるのはアニメ制作費の安さである。本来アニメは制作費がかかるものなのだが、テレビアニメのパイオニアである手塚治虫がこれを安く抑えたため、後々まで日本のアニメは安い製作費に苦しめられることになった。
 この指摘はある部分は正しく、しかし、だからこそのメリットもあったのだという。どういうメリットがあったかは、ここでは述べない。個人的な印象でいえば、おそらくメリットよりもデメリットの方が大きかったのではないかと思う。
 考えてみると天才というのは、部分的なものだ。極端なことをいえばひとりの人間のなかにある能力のばらつきだと考えていいのかもしれない。手塚治虫という人物の天才性は、マンガを描くということに特化された能力で、他の局面でそれが発揮されたかどうかは微妙である。
 手塚治虫の御子息である手塚眞氏は、父親がひどい機械音痴だったことをテレビのインタビューで話していた。電話機ひとつ満足に扱えなかったという。これに似たエピソードは黒澤明についてもあり、娘さんが話していた記憶がある。手塚眞氏のインタビューで印象に残っているのは、
「科学がわかっていることと、科学技術を使いこなせるということは別物だ」
 という言葉だ。万能の天才などいないのだ。人間の能力を平らにしてみると、案外誰も彼も同じようなものなのかもしれない。神様は人間を平等に造ったというが、本当にそうかもしれない。
 この前のブログにも登場した豊田有恒氏だが、『あなたもSF作家になれるわけではない』という著作のなかで虫プロ時代のことを書いている。豊田有恒氏は『鉄腕アトム』の脚本を書いていた。
 大卒の初任給が二万円程度だった時代に、六万なんぼの給料をもらっていたというから、当時の虫プロの羽振りのよさは相当なものだったのだろう。豊田氏によれば手塚治虫という人はアイデアの宝庫だったらしい。
 アトムが超能力者と戦う回があった。どのように超能力を打ち破るかというアイデアに苦しんでいたとき、手塚治虫はまたたくまに七つ(あるいはそれ以上だったか)くらいのアイデアを提示してみせたという。
 その中には箸にも棒にもかからないアイデアもあったらしい。お粗末なアイデアを口にすれば天下の手塚治虫の沽券に関わるなどとは思わない人だったらしい。そういう面では素敵な人だったと思う。しかし、同業の漫画家に対しては、激しいライバル心をむき出しにして、付き合いにくい面があったことはあちこちで語られている。
 アシスタントをしていた石坂啓氏は仲間と、
「今回の作品は出来が悪い」
 と、話しあっていた。しばらくして、手塚治虫が物凄い形相で作品を描きなおして持ってきたという。アシスタントの話しを聞いていたのだ。子どもっぽいといえば子どもっぽいが、傍目から見ている分には微笑ましいエピソードだという気もする。当事者にとっては身の竦む思いだったろうが。
 手塚治虫というひとは描き直しが多いこともでも有名だった。作品によってはまったく別物といってもいいほどの修正が加えられていたらしい。アイデアが完全な形で頭に浮かぶというモーツァルトのような話しをよく聞くが、実際は推敲の人でもあったのだ。そのモーツァルトにしても、修正もあれば草稿もあった。
 作品のアイデアについて手塚治虫は面白いことをいっている。加藤芳郎さんの四コマ漫画についてだったと思うが、あるいは別の作家だったかもしれない。加藤芳郎さんということで話しを進めると、加藤さんがアイデアに苦しむというのは、アイデアが浮かばないということではないと手塚治虫はいっている。
 いくつものアイデアが浮かんでいるのだが、その中からどれを選ぶかで苦しんでいるのだと。なるほどと思った。貧相なアイデアのひとつも満足に浮かべることができないわれわれ凡人とは大違いである。自分が天才とは程遠いということがよくわかる(笑)。

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テーマ: 日記 - ジャンル: 日記

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Posted on 2010/10/31 Sun. 20:41    TB: 0    CM: 2

# お詫びと訂正 # 

 申し訳ありませんでした。先の記事「おじさんの好きな冬の歌」で、

 ~木枯しは寒く~

 で始まる曲を『さよならをするために』と書きましたが、曲は『冬物語』です。
『さよならをするために』は、

 ~すぎた日の微笑みを~

 のほうでした。
 

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Posted on 2009/10/31 Sat. 00:00    TB: 0    CM: 0

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